鑛物趣味の博物館館長の鉱物日記
 館長の「石漬け」の日々をご紹介して参ります。鉱物採集に行ったこと、ミネラルショーや即売会に行ったこと、同好会の例会に参加したこと、館長の一生の財産である石友の皆さんとの交流、普段の生活での何気ない鉱物との出会い、そして石にまつわるニュース的なことを書き綴って参ります。
館長について・・・幼少の頃(小学校低学年)より石集めを始め、鉱物趣味歴約60年超。日本産鉱物標本の収集と鉱物趣味史・大阪府産鉱物研究がライフワーク。「夢」は鉱物博物館。現在、益富地学会館(運営委員)、日本鉱物科学会・大阪石友会・福岡石の会・鉱物同志会・地質学史懇話会・奈良鉱物研究会・吹田地学会各会員など石に関するいろんなジャンルの所に顔を出しています。
詳しくはプロフィールのページへ。
2024 2022 2020 2018 2016 2014 2012 2010 2008 2006
2025 2023 2021 2019 2017 2015 2013 2011 2009 2007 2005

2011年12月31日(土)
年末のご挨拶
 いよいよ2011年も大晦日となりました。早いですね。
この一年間、「鉱物趣味の博物館」にご来館頂きました皆様、石友の皆様、同好の皆様、今年はたいへんお世話になりました。厚く御礼申し上げます。

 館長は来年、節目の年(歳)を迎えます。これからも微力ではありますが、鉱物趣味普及のお手伝いが出来ればと思っております。ご支援の程宜しくお願い申し上げます。
2012年も何卒宜しくお願い申し上げます。
鉱物趣味の博物館館長

12月25日(日)
2011年採り納め? 寒波襲来の中、クリスマス採集へ
 今年も残すところあとわずか。一年は早いものだ。歳を重ねるに連れて、加速度が増していくような気がする。

 本日は今年最後(・・・の筈)の鉱物採集を行った。天気予報通りの寒さだが、天気は良いので一安心。
 今日のメンバーは師匠であるYsさん、Ysさんの古くからの石友であるHtさん、大阪府産鉱物研究の同志であるThさんご夫妻、フィールドワークの達人Mtさんと館長の6名。目的地は館長の地元・宝塚市の鉱山跡と大阪府北部の殆ど知られていないマンガン旧坑に行くこととなった。
 まず、Mtさんのご案内で大阪府下の某マンガン旧坑へ向う。
大阪府では珍しいマンガン鉱山であるが、これといった資料も無く沿革等は全く判らない。丹波帯の中に胚胎する鉱床であろうが、あまり熱変成は受けていないようだ。 この旧坑は大阪府の鉱物に詳しい方であれば、「まさか!」というような意外な場所にある。
「マンガン焼け」の石が転がる急な斜面を息を切らせながら登り、ようやくズリ(写真右上)の上部に達する。
殆どが「バラキ」で多少の「テフロ」や「炭マン」、「二酸化」もある。しかし、割れども割れども母岩か黒と薄ピンクの塊ばかりで珍しい鉱物も顔を出してくれず、だんだん飽きてきたので、ここを撤収し次の目的地に移動することとした。
 ズリから別ルートで下山したMtさん達が貯鉱場跡らしきものを見つけた。館長達もそちらに向うと先程の場所に比べるとやはり鉱石の割合は多い。館長はテフロ石の中にバラ輝石の微細な結晶がチカチカするものを一個だけ採集した。しかし、今まで傍らを何度か通ったであろうという実に意外な所にあったので驚いた。「灯台下暗し」とはこの事か。
 次に今回の採集行の主たる目的である宝塚市の小幡鉱山跡へ向う。
小幡鉱山は今回で三回目の訪山であるが、館長はまだ正確なズリの場所を突き止めておらず、Ys師匠とHtさんにご案内頂くこととなった。
 案内頂いた場所は館長が今まで採集していた場所の近くで、今まで館長はズリの先っぽをほじくっていたようだ。
ズリは多量の落ち葉や表土に覆われていて、石は殆ど見えない。
案内無しではここがズリとはまず判らないであろう。
ズリの石は小さいものが多く、多田銀銅山の石によく似ている。
まぁ、多田銀銅山の一部と言っても差し支えないだろう。
 今回見られた鉱物は自然銀、斑銅鉱、ホタル石、赤銅鉱、四面銅鉱?であった。時間をかけてジックリと眺めたらもっと色々な鉱物が見つかるかもしれない。また来よう。
 もうだいぶ陽も傾いてきたが、ついでに館長のたっての希望で小幡鉱山近くの駒宇佐鉱山(写真左上)に寄った。
藍銅鉱の産出で知られる鉱山跡であるが、今日は貧弱な孔雀石くらいしか採集出来なかった。ズリ石は他の北摂の鉱山跡と同様に殆ど「光り物」は見られず、母岩ばかりだった。
・・・ということで2011年の鉱物趣味は終了した(多分)。さぁ、いよいよ来年2012年は館長にとって大きな節目の年だ。

12月23日(金)
冬の「石の花」
 とにかく今年の年末は近年になく忙しい。館長は某社にて電子計測器関係のコンサルティングセールスを生業としているのだが、ここにきて今注目の太陽光発電関係の仕事がプラスされたのだ。そんな訳で日中はお客様や試験センターを飛び回って、家に帰ってもゆっくりと鉱物に浸る余裕が無い。

 しかし、年末は鉱物関連のイベントが目白押しで、今日は今年最後のOaさんの「石の花」である。今回は東北地方の鉱山モノの鉱物がテーマ。
珍品の太良鉱山の方鉛鉱や有名な佐山鉱山の閃亜鉛鉱の巨晶&美晶、原産地・尾去沢鉱山の尾去沢石やビーバー石などが出品された。館長は初見の滋賀県田上山産のリシオフォル鉱を購入した。

 さぁ、残りの鉱物関連イベントの最後は石友との「クリスマス採集会」だ。これで鉱物の一年は終わる(予定)。しかし、寒波で寒そう・・・。

12月11日(日)
池袋ショーから直行!大阪石友会納会。
 さて、10日の夜行バスで東京を後にして、向った先は自宅ではない。
今日は大阪石友会の納会なのだ。ところが高速バスが東名高速道路の事故渋滞の影響で一時間以上遅れた為、大いに焦った。結局、待ち合わせ場所を変更する為に京都駅で一旦下車。京都でIkさんに拾って頂き、事なきを得た。
 納会の場所はお馴染みの京都府八幡の木津川河原である。広々とした河原で高師小僧を探すのだが、今日は採集よりも河原で繰り広げられる忘年会が目的である。
名料理長のKh会長とNkさんに忘年会の準備をお任せして十数名の会員は只管、河原を探す。

 高師小僧で有名な場所であるが、今回は最近見つかった藍鉄鉱がターゲットだ。藍鉄鉱は粘土中に微細ながら綺麗な結晶で産する。
 今回、館長は運良く粘土の空隙に結晶が多数散在する標本(写真右)と同じく空隙中に結晶が集合して1cmオーバーの球状をなす珍しい上品が採集出来た。同地では特級品だろう。

 楽しい宴会と穏やかな天候と採集品に恵まれ、たいへん気持ちの良い一日であった。

12月9日(金)〜10日(土)
池袋ショー(東京ミネラルショー)へ!
 今年のミネラルショーを締めるのが池袋ショーだ。今回も館長は有休をとって参加した。
早朝、新宿に到着、いつも通りの某ファーストフード店で朝食を済ませ、会場へと向う。会場前には平日金曜日のしかも有料イベントにも関らず、既に長い行列が出来ていた。
 定刻になり会場内へ入る。まず、我が益富地学会館のブースへ向う。
会館からはFtさんとHk女史が来られていた。傍らでは某キー局のテレビ取材が行われていた。ミネラルショーもメジャーになったものだ。(写真左)

 さて、会館の隣りの老舗A標本店は館長のお付き合いは40年程になる。
お馴染みの国産標本以外に数冊の古書が並べられていた。なんと伊藤貞市博士の「本邦鑛物図誌」の第二巻があった。
 この本は全四巻であるが、第二巻は「ニ抜け」といわれるくらい少ない珍品だ。館長は全四巻持っているが、館長所有の第二巻のコンディションがたいへん悪いので、迷わずゲットした。箱付きでコンディションは上々だ。お値段も本書としては格安だった。
 A標本店と反対側のB標本店では今回も国産古典銘柄標本から新産鉱物まで多数出品されていた。
その中でも山梨県竹森のトッコは大型で圧巻だった。他に長島乙吉翁自筆メモ付きの標本もあったが、諸般の事情によりパスした。
 国産鉱物中心のC標本店では紀州鉱山産の見事なマンガン方解石が目に止まった。黄銅鉱の群晶上に淡いピンクの結晶が乗ったもので躊躇しているうちに売れてしまった。残念。
 国産鉱山モノに強いD標本店では宮崎県オシガハエ産のマンガン斧石がたいへん見事であった。既に売約済であったが欠けもなく素晴しかった。
 E標本店には1pくらいの錫石の結晶が多数付いた高取鉱山の水晶。同じく高取鉱山のたいへん美しい濃紅色の菱マン。水晶山のタレン石の巨晶、珍しいところでは新鉱物の愛媛閃石も会場内でここ一ヶ所だけで見られた。(写真右下のルースケースに入ったのが愛媛閃石)
 今回は三階の会場に移られた老舗標本店のF標本店では台湾・金瓜石鉱山の硫砒銅鉱が見事だ。恐らく戦前の標本だと思うが、超銘柄標本である。柱状結晶が多数集まって束状になったもの。勿論、すぐに売れた。

 さて、館長はというとまた懲りずに大きな買い物をしてしまった。
和歌山県山崎の手稲石である。マックアルパイン石を伴って5cmオーバーの母岩一面にベッタリと付いた超特級品である。結局、これ一個で今回の買い物は終了。ただでさえ軽く薄い財布がいっぺんに軽くなった。 三階会場ではイベントの「ジオードクラッキング」が行われていた。人気のイベントで、毎回長い行列が出来ていた。(写真左)
 二日目は午前中に会社の同僚Hさんが来てくれた。Hさんとは半年ぶりだが、ランチをしながら情報交歓。午後は加藤昭先生の特別講座に出席。ここで久しぶりに石友Y2さんにお会い出来た。

 午後の加藤先生の講演が終り再び会場へ戻る。今回は二日間だけの参加なので、もうそんなに時間が無い。最後に会場をもう一回りして標本の見落としが無いかどうかチェック。結局、今回の買い物は本邦鑛物図誌と手稲石だけであった。石友、同好、懇意にしている業者の皆さんにご挨拶を済ませ、会場を後にした。

12月3日(土)
もう12月。本年最後の運営委員会へ。
 今年最後の運営委員会で益富地学会館へ行くと、何人かの方々が集まって小さな抽斗の付いたキャビネットの石の見入っていた。キャビネットは一見して昔の大江理工社製のものと判った。中身は地学研究の「標本玉手箱」(頒布標本)だ。玉手箱の標本はbPから揃っている。これは貴重だ。

 館長は存じ上げなかったが、U氏と仰る京都地学同好会(京都地学会の前身)時代からの超ベテランコレクターのご遺族から寄贈されたとの事。
中には大阪府三井高原(天生鉱山)の鋭錐石や福井県内外海鉱山の閃ウラン鉱含有重石鉱と言うような珍品もあった。

12月3日の益富地学会館
 U氏のコレクションはいずれ会館の企画展示でお披露目されるとのこと。たいへん綺麗に整理されており、整理方法を見るだけでも参考になるだろう。
 それと、石友から館長初見の鉄かんらん石やカリオピライト、微細ながら綺麗な緑色の灰鉄柘榴石など大阪府産の珍しい鉱物を頂いた。石友に感謝。
 2011年も遂に1ヶ月を切った。しかし、これから池袋ショーや石友会の納会、石の花、本年最後の石友との採集行など予定は盛り沢山。仕事も新しい分野が増え、慌しい師走となりそうだ。

11月26日(土)
即売会に緊急参戦! 思いがけない展開に・・・
 明日27日は某博物館主催の地学観察会が予定されていた。前日が東京のコムロさんの日本産古典鉱物標本即売会となったが、二日続けてはキツイので、止む無く本日のコムロさんの即売会は諦めていた。
 ところが、幸か不幸か観察会の参加希望者が多く、抽選となり、目出度く落選した。籤運の悪さも稀には役に立つことがあるものだ。そこで、土壇場でのコムロさんの即売会への緊急参戦となった。

 いつも通り高速バスを使い、朝、コムロさんのお店に着くと既に20人近い人が集まっていた。よく見るお顔が今回も全国から集まっていた。
 大阪から館長の従兄であるFm君、Fm君の師匠のKmさん(つまり館長の大師匠)、京都のコレクターYk君、秋田からYuさん、茨城県のUoさん、秩父からYaさん他全国から熱心なコレクターが多数集結した。
 即売会初日のルールは朝9時までに来た人で抽選を行い順番を決め、上位の方から欲しいものを一点選択し、一巡した後、最下位の人からあらためて入店し、後はご自由に・・・という趣向だ。

 まるでプロ野球の「ドラフト会議」みたいだ。ある程度「指名」するものを決めておかないと、もし順番の目論みが外れると何を買ってよいか判らなくなる。それこそ「ボウズ」だ。館長は予めコムロさんのHP掲載標本から指名順位12位まで決めてきた。
 籤引きの直前に10分程の下見の時間があり、そこで実物の確認や価格のチェック、HPに載っていない標本も見て、本日の最終的な指名順を考えるのだ。
 さぁ、籤引きが始まった。来店順に割り箸で作った籤を引く。まるで神社のお御籤みたいや。祈る気持ちで番号に目をやる。次の瞬間、館長の顔はひきつり、言葉を失った。
傍らに居た人に「Sさん(館長のこと)何番でした?」と聞かれた。館長はポツリ・・・「恥ずかしくて言えません」。
そう、22人中の22番目、要するに「ドンケツ」であった。ここまで籤運が悪いんか・・・(泣)もう計画も何もあったものでは無い。先に12番目まで決めているといったが、何としても欲しいのは上位3点くらいだ。22番目ともなれば・・・。全ての計画がオジャンである。

 折角、東京まで来たのに・・・「はぁー」・・・ため息が出た。上位を当てた方はニコニコと店の中に入っていかれる。
館長は下位指名の方々ともう世間話だ。館長の籤運の悪さを同情されたが、同情するなら順番を代わってくれェ・・・。
そして、非情にも館長の順番が廻ってきた。もう殆ど戦意喪失状態だ。

 力無く店内に入り、人気標本が陳列されているケースに目をやると12番目以内に予定していたものが一点、眼に飛び込んだ。おぅ、まだ、天は我を完全に見捨てていなかったようだ。
 その横を何気なく見ると、なんと館長の指名第二位の予定標本があるではないか・・・。超珍品の静岡県奥山鉱山の海綿状自然金だ。
「残り福や!やったー!」という喜びと共に、「エッ!この標本、そんなに人気が無いんか!・・・なんで?」と急に不安になったが、これも何かの縁だ。目出度く、館長のコレクションに収まった。

 そして、第二回目はドンケツの館長を先頭に入る。そこで、当初候補に上げていた、珍品の和歌山県妙法鉱山の黄銅鉱の天然メッキされた黄鉄鉱巨晶とこれまた貴重な生野鉱山千珠本ぴのパボン鉱を入手。それと何方も関心を示されなかったが、妙法鉱山の方解石仏頭状標本を入手出来た。これで今日はゲームセット。

 本日の評価は抽選までは0点どころかマイナスであった。フリータイムに目の前にありながら逃した標本があり、これは完全に館長のボーンヘッドだ。まだまだ甘い!このマイナスが大きく、結果的に65点くらいだろう。
 最悪の事態は回避し、急に館長は饒舌になった。同好の皆さんとの石談に終始し、12月の池袋での再会を約束して、帰阪した。

 しかし、この「籤運の超絶的な悪さ」と「凄まじいまでの雨男」、何とかならんかなぁ。
これで60年近く来たんや。今更、何ともならんわ。(諦め)

11月19日(土)〜20日(日)
大阪自然史フェスティバル2011リミテッド
 前回が2009年だったので、二年ぶりの「大阪自然史フェスティバル」だ。
 この催しは大阪市立自然史博物館に関西の自然関連のサークルや自然保護団体、自然系博物館などが多数参加する一種の文化祭だ。従って内容も極めて多彩。植物、昆虫、魚類、哺乳類など多種多様である。

 地学関係では5団体ほど参加している。
その中には益富地学会館と大阪石友会が出展している。そして館長は両団体の「掛け持ちスタッフ」だ。両団体とも隣り合わせなので、行き来は楽である。
 益富地学会館は主任研究員のFtさんと運営委員のAmさんがスタンバイ。前回と同じく、星砂の観察と会の活動状況のパネル展示である。
 大阪石友会は「ペグマタイト」をテーマにNkさんの京都府畑野の大型ペグマタイト標本の数々(特に煙水晶のトッコは迫力満点)や館長のコレクションを数点展示した。また、イベントコーナーでは奈良県桜井市針道のセリサイト中の黄鉄鉱を探すイベントを行った。

 さて、初日は生憎の雨模様。時折強く降り客足が心配だ。出掛けにヨメに「やっぱり雨男や!」と言われ、本日も返す言葉が無い・・・。
 午前中は雨の影響か、なかなか客足が伸びず心配したが、昼前くらいから子供連れが多くなり一安心だ。
子供連れが次々石友会のブースに集まり、あっという間にブースは溢れかえった。しかし、子供の集中力は凄いな。一心不乱に結晶探しをしている。横で立って見ているお父さんやお母さんはお疲れモードだ。この中から鉱物に興味を持ってくれる子供たちが出てくれれば嬉しいのだが。
 客足が落ちたタイミングを見計らって館長も黄鉄鉱探しに”挑戦”してみた。そこで見つけたのが、なんと「高師小僧」だ。針道でも出るんだな。
まぁ、針道の黄鉄鉱は粘土中に出るので、高師小僧があっても不思議ではないのだが。
しかも嬉しいことに「黄鉄鉱産地」の針道産らしく黄鉄鉱の結晶付きだ。
本邦の高師小僧数多ある中で、黄鉄鉱の結晶付きはそう無いだろう。
 益富地学会館のコーナーは子供たちが押し寄せるわけではないが、ほぼお客さんは途切れない。星砂を観察しながら来場者とスタッフとのトークという落ち着いた雰囲気だ。益富の会員の方も何名か来られた。 空いた時間に博物館の鉱物展示を拝見しに行った。あまり知られていないが、当館には九州大学の高壮吉先生の標本の一部と長島乙吉先生の標本の一部があるのだ。高標本の安部城鉱山の安四面銅鉱と恐らく長島標本であったろう石川山のコルンブ石は一級品である。
午後になってようやく雨は小降りになったが、寒い一日であった。
 翌20日は朝から良い天気になった。館長は所用の為、お昼前からのフェスティバル参加となったが、会場に到着すると石友会のブースは黄鉄鉱探しを行う子供達で昨日以上の大盛況だった。
 館長は今日は専ら、益富地学会館のブースに張り付いた。昨日同様、顕微鏡で星砂を観察してもらうのだが、皆さん熱心に見ておられた。益富地学会館のPRも併せて行ったので、ここでお会いした方々が会館に来て頂いたら嬉しいだが・・・。
 会場では交流のある「きしわだ自然資料館」や「池田人と自然の会」、自然史博物館の先生方と久々にお会いすることが出来たし、あらたなネットワークも出来た。たいへん有意義な二日間であった。

11月14日(月)
益富寿之助先生遺愛の品
 京都の石人Imさんから故益富寿之助先生遺愛の品を頂戴した。
直径約1cmの琥珀製の玉だ。中心に細い穴があるので、恐らく紐のようなものを通していたのだろう。

 ブレスレットかネックレスのようなものの一部か、今となってはどのように使われたのか判らないが、益富先生遺愛の品はたいへん貴重である。Imさんに感謝。

11月6日(日)
ご来場感謝! 石のフリーマーケット
 半年ぶりの「石のフリーマーケット」だ。京都ショーで大々的にPRしたので、お客さんの入りが大いに気になる。
前回は大雨であったが多数の方にお越し頂いた。今回も昨日から雨。こんな所でも雨男の本領発揮とは・・・。
 出品者は館長も含めて7組。マニアックで多彩な標本が集まった。館長のグループの売上はまずまず・・・と言った所。宣伝の効果か、はじめて会館に来た方も多く、成功裡に終了した。ご来場頂いた皆様に感謝致します。
 お客さんが少なくなったタイミングを見計らって、館長も標本探しを行う。今回は大阪府産鉱物を何点か入手出来た。出色は大阪市産の高師小僧だ。記録としては大阪市内での高師小僧の産出は報ぜられているが、現物を見るのは初めてだ。他に北摂の初見の産地の水晶等。
 興味深いものとして秋田県尾去沢鉱山産の金鉱石である「なるみ金鉱」を入手した。赤鉄鉱、緑泥石、石英からなる鉱石で著量の金を含むとの事である。

10月25日(火)
再び、石の華
 出張で一ヶ月ぶりに金沢へ来た。時折小雨が降る中、一日で4社の商談をこなすというハードスケジュールであった。

 仕事もなんとか終り、夕刻金沢駅に着いたが、乗ろうと思っていた特急サンダーバードが満席だった。自由席だと仕事疲れもあり、もし座れなかったら大阪まで約2時間半立ちっ放しの可能性がありリスクが大きい。
次の特急を待つしかないが、約1時間半も時間が空く。

 そこで、今回はスケジュールの都合で訪問を諦めていた金沢駅前にあるMmさんの鉱物標本店「石の華」に急遽おじゃますることとした。
 一ヶ月ぶりの再訪であるが、マスコミにも度々取り上げられ、お店は繁盛されている。
 地元石川県産の恋路の霰石や金平のアメジストなど国産鉱物も充実している。下の写真はオーナーご自慢の菊花石。ここまでくれば「自然の芸術品」だと思う。

 前回は僅か20分の訪問で殆ど石を見る余裕はなかったが、今回はゆっくりと石を拝見しながら、Mmさんと鉱物談義に花が咲いた。
予期せぬ突然の訪問にも歓待して頂いたMmさんに感謝したい。

 尚、オーナーのMmさんがブログ「ようこそ石の華へ 鉱物の部屋へのいざない」を開設されたのでご覧頂きたい。

10月8日(土)〜10日(月・
秋といえば、京都ショー
 今年も京都ショーが始まった。館長は今回もスタッフとしての参加である。
毎度お馴染みの会館コーナーの受け持ちだ。京都ショーの会館コーナーは人気の委託標本があるので、特に初日は朝イチから多数のマニアが一挙に押し寄せる。
その為、コーナーは大忙しとなる。そこで、今回はKyさん、Ohさん、Mtさん、K嬢、F嬢、S女史という益富地学会館最強の布陣で臨んだ。


 今回もオープン前から長い行列が出来た。恐らく600人は優に超えたであろう。「みやこめっせ」の外にまで行列が伸びたくらいである。
 10時のオープンと同時に予想通り、多数の方が押し寄せ、委託標本の前はあっという間に黒山の人だかり。
会館コーナーの向いはいつも大人気のイベントコーナー。今回は砂時計であるが、こちらもあっという間に行列が出来た。
館長も側で見せてもらったが、Knさんのアイデア創出力には脱帽である。
 さて、会館コーナーの委託標本は殆どが国産であるが、木浦のパラシンプレサイトは出色。生野鉱山の濃紅銀鉱、八谷鉱山の自然金、五良津の綺麗なルチルの結晶、田上山のバストネス石、木浦の光沢の強いスコロド石、日立の菫青石大型標本、千葉石など注目標本が多数出品された。

 三日間とも会場を見る時間は昼休みと益富コーナー終了後の僅かな時間だけであったが、館長の見たものや他の参加者の話を総合すると凡そこんな感じかと思う。
 いつも注目されるA標本店では中瀬の自然金の上品が出品。箔状の金が付いたもので高価であったが、今では入手困難なものだけにすぐに売れたようだ。
 日本で最も美しいと言われる大堀鉱山のヘルビンの良品もあったそうだ。館長が見た時は既に完売。他にコアなマニア以外には注目されていなかったが殷栗鉱山と下聖鉱山の針鉄鉱は素晴しい。奈良県北椿尾の亜鉛スピネルは貴重品だ。国産金属鉱物に強いB標本店ではカットされた緑色透明の秋田県産の閃亜鉛鉱はたいへん美麗であった。
九州産鉱物主体のC会ではスリバチクボの斧石を多数出品。一品モノとして杉山の母岩付きベリルは青色系で綺麗。尾平ハジカミの双晶を多数含む水晶トッコは見事。波佐見のオパールも多数出品されていた。三ノ岳の灰重石と磁鉄鉱はなかなか立派であった。
 それと稀産鉱物で有名なD標本店で館長が始めてみたものがあった。USA産の「銀黒」だ。「銀黒」と銘打った海外標本は初めてだ。
他にも面白いものが多数あったと思うが、一点一点眺める余裕が無かった。
 ・・・とは云え、館長も何か買いたい。そこで、少し余裕の出てきた二日目、三日目の休憩の僅かな時間を使ってようやく買い物を始める。
 E標本店に行くと、これは珍しい保土野産の苦土橄欖石の小さいながら綺麗な結晶があった。まず、これをゲット。傍らに丸箱に入った「琥珀」に気が付いた。ラベルを見ると何と「虫入り琥珀」と書いてある。しかも国産(岩手県久慈)だ。国産の虫入りは極めて珍しいので、ちょっとフトコロが痛むが、まず滅多に見られないものだけに購入した。
 我が大阪石友会も出展している。会員の委託標本中心であるが、今回の目玉は昔、広島市の八丁堀のデパート工事現場で出た、炭酸塩鉱物に置換された貝化石(イセシラガイとカガミガイ)である。
 綺麗なオレンジ色で今となっては入手困難となった珍品だ。館長は実は持っていなかった石川県珠洲産の「こぶり石」を買った。益富先生の昭和雲根志に記載の珍石である。また、石友Mtさんから大阪府八尾市産の領家片麻岩中の鉄礬柘榴石、枚方市産の水晶、宝塚・千本鉱山産の藍銅鉱という珍品三点を頂く。いつもながらMtさんには感謝、感謝である。
 そしてついに水晶に強いF標本店で大物を買った。今年初めての「清水の舞台」からの大ジャンプである。恐らく本年度最大にして最後の清水ジャンプだろう。
 昨年のミネラルマーケットでデビュー。その後標本市場を賑わした広島県産の紫水晶であった。館長は今まで、様子見で動かなかったが遂に意を決して買った。子供の握り拳大のペグマタイト母岩に数cm大の「藤屋・山崎山」タイプの濃紫色の紫水晶が林立している。欠けも少なく、館長重視のテリも十分。暫くはまた、インスタントラーメンとコンビニおにぎりの生活が始まるなぁ・・・。ヨメには内緒にしとこう・・・。
 さて、今回の特別展示は「ペグマタイト−そこは地中の美術館−」というテーマで多数のペグマタイト鉱物の逸品が展示された。目玉は何といってもN晶洞から出た、本邦最大級(約6Kg!)のトパーズ結晶であろう。大きさもさることながら色が琥珀色で実に深みがある。また、チンワルド雲母が見事なN晶洞のゲス板は圧巻だ。黒平産の長さ80cmの煙水晶も貫禄十分。
 会場にはN晶洞発見者のNkさんが説明員として居られた。Nkさんとは常日頃、運営委員会などでお顔を合わせる機会は多いのだが、今回始めてNkさんから晶洞発見時の様子を事細かにお聴きすることが出来た。
 いろいろな苦労話をお聴きしたが、最初にペグマタイトを掘り出してから晶洞に行き着くまで2年を要したそうだ。Nkさんの眼力と熱意に脱帽である。 三日間に亘った京都ショーは無事、成功裡に終わることが出来た。スタッフとして運営のお手伝いも出来たし、多くの先生方や先輩コレクター、石友の皆さんと交流が出来た。久々に大きな買い物もした。次回の大阪ショーが楽しみである。
 さて、11月に益富地学会館で「石のフリーマーケット」が行われます。館長も出品者として現れる予定です。京都ショー同様に沢山のご来場をお願い致します。

10月5日(水)
和泉壺石
 なかなか入手出来なかった「和泉壺石」をようやく入手した。
地元泉州の業者さんなど館長の大阪人脈を総動員してもなかなか見つからない。大阪の高師小僧類縁鉱物を語る上で、この和泉壺石は外せない。
 一度、ネットオークションで大きなものが出たのであるが、スタート価格で数万円の値が付いており、とても手が出せなかった。
しかし、手に入る時は呆気なく入るもので、某ルートから安価に一挙に5点も入手した。

 同じ「壺石」でも岐阜県土岐の壺石のように表面が大小の礫に覆われたものもあれば、生駒の鳴石のように多少の小石をまじえ、多くが砂粒に覆われたものもある。和泉壺石は表面はザラついているものの肌理は細かい。同じ大阪府産の「千里壺石」(館長命名?)は土岐と生駒の中間タイプだ。近年、石友から館長の石集めの傾向が変わってきたと言われるが、壺石はいろいろバリエーションがあって面白い。

9月28日(水)
嗚呼! 神子畑選鉱所
 館長が帰宅すると、ヨメが「エエもん、見せたろか・・・」と、録画したテレビ番組を見せてくれた。俳優の火野正平氏の「日本縦断こころ旅」というNHK/BSの番組だ。火野氏が自転車で全国を旅し、視聴者の手紙で行く先を決めるという番組である。

 そして今回の目的地は我々鉱物趣味家の聖地・
神子畑選鉱所だ。
神子畑(みこばた)選鉱所は明延鉱山や生野鉱山などの鉱石を選鉱していた場所でかつては「東洋一の大選鉱所」と称された。最盛期は24時間操業で、当HPのトップページに不夜城のような夜景を載せている。
その後、明延鉱山の閉山などで操業を停止し休止していたが、その偉容を長らく誇っていた。館長も大身谷鉱山へ向う途中、山腹に姿を現した巨大な大選鉱場に度肝を抜かれた思い出がある。
 番組で映し出された今の風景は、建物が撤去され、コンクリートの基礎部分だけが残っている。撤去前の見事な建物を知るものとしては実に寂しい限りだ。今更であるが、産業遺跡として何とか残してほしかったなぁ。
 右の写真はかつて館長が神子畑選鉱所を訪れた時の写真。この素晴しい選鉱場は今は無い。

9月20日(火)〜9月23日(金)
ようやく夏休み! 館長、東北六県を往く
 今年も館長の遅めの夏休みが始まった。毎年恒例のヨメとの二人旅(バス旅行)は今年は東北旅行だ。
某大手旅行会社の三泊四日で東北六県を全て廻り、なんと四万円弱(オプション別で)という中身の濃い、格安ツアーがあったのだ。
勿論、ツアーの目的は奥入瀬渓流や小京都・角館、日本三景・松島などの有名観光スポットと鳴子温泉などの温泉巡りであるが、毎度の事ながら館長には「石との出会い」という重要ミッションがある。

 今回のツアーには以前の石見銀山観光の時のような鉱山関係は含まれていないが、ひょっとして観光地の土産物屋に尾太鉱山の菱マンや阿仁の黄鉄鉱など結晶鉱山モノがあるかもしれない・・・という淡い期待を抱いての旅行である。
 しかし、その旅行直前になって台風15号が日本列島に接近してきた。かなりの大型台風である。丁度、旅行の前半にぶつかりそう。ヨメには「やっぱり、雨男や!」と言われ、これだけ続くと返す言葉が無い・・・
 初日は福島県の裏磐梯へ行く途中にいきなり、高玉鉱山と遭遇した。
バスガイドさんの「このあたりには金山が・・・」の話をなにげなく聞いていると、急に車窓に茶色のズリらしきものが見え、傍らに「高玉金山」の文字が・・・。「しまった!」と思ったが遅かった。高速道路の走行なので、あっという間に通り過ぎてしまった。まさか、高速道路の横だとは思わなかった。

 二日目はいよいよ雨が本格的に降り出した。今日は金色堂で有名な世界遺産の中尊寺へ。ここの宝物殿(?)で、砂金の大きなナゲットに遭遇。目測3cmくらいはある立派なものであった。大昔はこんなものが沢山あったんだろうなぁ。その位の金があったのであの金ピカの金色堂が出来たんだろう。確か、このあたりは本邦で初めて金を産出した場所だったと思う。

 三日目のメインである奥入瀬渓流は昨日までの長雨の影響で、残念ながら清流が濁流となっていた。ここを楽しみにしていたので残念至極。
 その三日目。田沢湖へ向う途中、ボーっと車窓を眺めていると、ガイドさんから「あれが尾去沢・・・」の声。
今回は初日の高玉鉱山の轍は踏めない。とっさに撮ったのが上の写真。山の地肌が見えているあたりが尾去沢鉱山で、今はマインランド尾去沢として観光鉱山となっている。何とか日記に出せる写真が撮れて一安心。
 今回、小坂鉱山の近く(康楽館・・・これも「幟」だけ見えて、肝心の建物は見られなかった)も通ったが、機会があれば、是非、鉱山関連の見学目的で再訪したいものだ。
 さて、右の写真は十和田湖畔の土産物屋で売っていた石だ。
「古代石」という名がついている。説明書きには火山灰の珪酸分が炭酸カルシウムで置き換わったもので、たいへん珍しいものだとの事。秋田県小坂町でしか見つからないものだそうだ。
 最終日の四日目になって、ようやく晴れ間も見え、初日に見られなかった会津磐梯山もテッペンに雲がかかっていたものの見ることができた。

 鉱物との出会いは残念ながら殆ど無かったが、今回のツアーにはもう一つ、館長の大きな目的があったのだ。それは・・・青森県に足跡を残すことであった。
館長にとって青森県は日本全国47都道府県で唯一行ってない県であったのだ。
しかし、今回のツアーで47都道府県全てを踏破した。

 次の目標はこの47都道府県を全て鉱物趣味の目的で訪れること。
館長の飽くなき挑戦は続く!!


9月17日(土)
もうすぐ京都ショー
 益富地学会館へ行くと、新鉱物の話題で持ちきり。今年は日本産新鉱物の「当たり年」だそうだ。確かに「島崎石」「宮久石」「愛媛閃石」「肥前石」と、館長の知る限り4種も発表されている。確かに多いなぁ。

 運営委員会まで時間があるので、2Fの図書室で大阪府産鉱物の資料漁り。50年以上前の某同好会の会誌で大阪府産鉱物の記事を発見した。
その記事には大阪府坂口鉱山の昔の見取り図が書かれていて、当時(館長11歳の頃)の記憶が蘇ってきた。これは貴重だ。

 運営委員会も10月8日からの「石ふしぎ大発見展・京都ショー」に向けての最終調整に入った。今年も館長は前回同様のポジションでお手伝い。
特に京都ショーは目玉の「委託標本」コーナーがある。
これを目当てに来られる鉱物マニアの方々も多く、初日、特に午前中は大忙しである。今年も多数のご来場をお願いしたい。

9月17日の益富地学会館
家族連れの姿も・・・チラホラ

9月13日(火)
石の華
 出張で能登半島の付け根の町まで来た。能登半島ご出身というお客様のご担当者に「宝達山はどこですか?」と聞いてみた。残念ながら古くから蛍石で有名な宝達山は眼前に迫る山の更にその向こうということで見えなかった。まぁ、見えても行けないのだが・・・。
 午前中の商談は無事終了。午後は別件で小松駅まで行くのだが、金沢で昼食をとることとした。13時過ぎの電車に乗らなければならないので、時間はもう僅かしかない。

 駅構内の「吉ギュー」で昼食をさっと済ませ、駅前の”石川県で最も高いビル”「ポルテ金沢」へ向う。まだ出発時間まで30分弱ある。
実はこのビルに金沢が郷里である同好のMmさんが北陸初の鉱物標本店「石の華」をオープンされたのだ。

 高級ブティックなどが軒を並べるビルだけに、「石の華」はお洒落な店構えだ。鉱物標本店に有りがちな雑然とした雰囲気が無い。言わば「鉱物のギャラリー」という感じだ。
お店は「華」をモチーフとしているだけに水晶をはじめとする「華」のような結晶鉱物が多い。美しい外国産鉱物に加えて尾太、足尾、神岡などの貴重な国産結晶鉱物も多数陳列されており、国産鉱物マニアにも十分楽しめる。
 またMmさんは「水石」に対する造詣も深く、立派な「サバ花」の菊花石が印象的であった。水石マニアにとっては垂涎の一品だろう。
残念ながら今回は仕事の都合で、ゆっくりと標本を拝見する時間が無かったが、機会があればぜひ再度来たいものだ。
 石川県は古くから尾小屋鉱山、倉谷鉱山などの名山の他、メノウの菩提、霰石の恋路、蛍石の宝達山など本邦を代表する産地を有する鉱産県である。北陸における鉱物趣味の普及、鉱物趣味の情報発信基地として「石の華」に対する期待は大きい。益々のご発展ご活躍を祈念する次第である。


ご参考
ポルテ金沢ホームページ (石の華が紹介されています)

9月11日(日)
秋の「石の花」展
 Oaさんの秋の「石の花」展に参加した。今回の目玉は京都府北部の鉱物。白石山の河辺石やトルトベイト石、モナズ石美晶、大呂のバストネス石、パイロクス鉄石など今となっては貴重な稀元素鉱物が出品された。
また、鐘打鉱山の厚板状の鉄マンガン重石結晶、灰重石母岩付き結晶など、こちらも鉱山稼行時ならではの立派な標本だ。

 館長は・・・というと、そのような貴重な鉱物には目もくれず、真っ先にゲットしたのは香川県鷲ノ山産の方解石だ。この鷲ノ山の方解石はそんなに有名ではないが、館長の「方解石番付」の横綱である。思い入れもある。
 安山岩中の菱沸石の上に淡橙色六角厚板状の結晶が鎮座している。しかも結晶を横方向から見ると色の濃淡があってサンドイッチ状になっているという珍品である。今までなかなか、これは!という標本に巡り合わなかったが、ようやく納得できるレベルの標本が入手できた。これで今回は十分満足。
他に木浦鉱山の山サンゴと鍾乳石、有名な石川県恋路の霰石など購入したが、気が付けば炭酸カルシウムの鉱物ばかり買っていた。
 今日、会館には九州鉱物趣味界の重鎮であるIs先生がお見えになった。
茨城で行われた日本鉱物科学会の帰途、京都に立ち寄られた。先生にお会いするのは福岡石の会の木浦鉱山採集会以来で、九州の鉱物についていろいろ興味深いお話を伺うことができた。

9月4日(日)
石ふしぎゼミ
 大型の台風12号の影響で昨日の益富地学会館の「展示説明会」は警報発令により中止、運営委員会は順延となった。そして今日は台風の影響による雨の中、「石ふしぎゼミ」が行われた。今回は館長が演者である。
雨は少し弱まったとはいえ、果たして皆さん来てくれるかどうか少々心配だ。

 館長の順番は午後なので、昼頃に会館に到着した。普段より少なめとは云え、二十名弱の方々が来られていた。ひょっとして5名くらいでは・・・と懸念していたので一安心だ。
 その中に関東の石人Oさんが居られてビックリ。北陸に採集に来られたが、台風で断念し会館へ来られたとの事。

 館長の今回のテーマは「本邦の『鉱物誌』について」。
本邦初の鉱物誌である和田維四郎博士の「本邦金石略誌」から始まる「鉱物誌」の歴史を駆け足でお話しした。
 興味深かったのはItさんのお話。紀伊半島を廻られた時の話であったが、本邦初産のSIderonatriteを見つけられたとの事。終了後、現物を拝見したが、多分、館長は持って帰らないだろうな・・・。

写真上:Amさんによる「野洲川の象の足跡化石」のお話。
写真下:Oaさんによる「京都を横切る謎の石英脈」のお話。
    「双ケ丘」の話は館長にとっても懐かしい。

8月27日(土)
’2011 名古屋ショー
 今日から名古屋ショーだ。夏場は鉱物趣味については殆ど動きらしいものは無かったが、この名古屋ショーでいよいよ再稼動だ。
 会場の吹上ホールの2階に上るともう既に長い行列が出来ていた。周囲を見回しても全く知った顔がいない。定刻になりに会場に入る。
 館長はまず、アマチュアのコーナーを重点的に廻った。地元のコレクターのブースを覗くとたいへん綺麗な観音滝旧坑の緑鉛鉱があった。
 さらに北海道の鉱物愛好家グループも出展。光竜鉱山のリッチな銀黒(恐らくアギラール鉱)や濃紅銀鉱、それと北海道では案外珍しい輝安鉱など面白い鉱物が出品されていた。北海道はたいへん魅力的な鉱物に恵まれた所なので来年以降も楽しみだ。
その後、我が益富地学会館に顔を出しFtさんやItさん、Hk女史にご挨拶。
その隣りは館長が会員でもある「福岡石の会」のブース。Tさんと久々にお会いする。それから石の大先輩Tyさんと石友Tkさんの居られる無名会のブースへ行き、今日はここを拠点とする。 会場には京都のYs師匠や滋賀県のWyさん、最近、金沢で北陸初(・・・と言ってよいだろう)の鉱物標本店をオープンされたMmさん、大阪石友会のKh会長と幹事のNkさん、遥々茨城県からUoさんなど多くの方にお会い出来た。
 今回、会場の話題となったのが、A標本店出品の足尾鉱山近くのアメジストの最近産出のもの。従来のものに比べて大型だ。
 とにかく結晶が水晶峠の先細り水晶のような形で色は淡色であるが、テリも透明度も良い。但し、お値段もそれなりなので館長は手を出さず。
 B標本店では東京石やアンドール鉱、キララ石などの稀産鉱物が勢揃い。
国産鉱物を多数出品しているC標本店では静岡県伊豆の縄地鉱山の山金を出品。従来の「菖蒲沢タイプ」でなく、まさしく鉱山モノ。これは注目に値する。
 鉱山モノに強いD標本店では石川山の球状ゼノタイムをチェック。E標本店では神岡鉱山産の自然銀の仮晶をなす輝銀鉱が出色であった。 館長が懇意にしているF標本店では館長が探していた長垂の
トリプル石と遂に遭遇。これは文句なしに即購入。
この標本はリチウムペグマタイト中にパッチ状で黒い小塊をなす見た目にはとても美しいとはいえない標本で、昔からずっとクリプトメレーン鉱だとか云われてきた。しかし近年これがたいへん珍しい燐酸塩鉱物と判明、一挙に鉱物標本界のスターダムにのし上がった。
ところが今となっては現物はたいへんな貴重品。これは偶々九州のマニア(故人)が生前採集されていたものから発見、X線のチェックもパスした。
 G標本店では前から購入を考えていた甲武信鉱山の氷長石のトッコを遂に購入した。端正な方解石のマッチ箱大の完全結晶と草入り水晶を伴うなかなか見栄えのする標本で、ちょっと館長のフトコロにはきつかったが満足。
他にこれも迷っていた
桃井柘榴石、所謂”大和石”も購入した。今回のお買い物はこの三点で終了。
 なんとか予算内に収めたが、当分昼はインスタントラーメンかコンビニのオニギリで我慢しないといけない。
 名古屋ショーの特別展示は今回で三回目となった故中尾潮忍先生のコレクション展示である。今回は学名がDからHで始まる鉱物の展示であった。
 その中で館長は洞戸の透輝石をまずチェック。これは実に大きく立派な標本だ。鵜峠鉱山の石膏は実にスレンダーで美しい。逆に長野県池袋の角閃石は貫禄十分。良いものを見せて頂いた。そして楽しい時間はアッという間に過ぎて関西へ帰る時間となった。同好の皆さんにご挨拶をして帰途に着く。
 
さて、石は忘れても、これは忘れてはいけない。我が家のお土産は、ヨメの強い要望もあって(館長も好きだが)、今回も「麩饅頭」である。ソフトな「生麩」と上品な「こし餡」が素晴しい逸品である。
 途中、大雨で新幹線が一時停止するハプニングもあったがあまり大きく遅れることなく、また大雨に遭遇することなく帰宅できた。さぁ、次は益富地学会館の「石ふしぎゼミ」だ。

8月17日(水)
神戸の高師小僧
 インターネットオークションで神戸市の高師小僧を入手した。
神戸市の西の端、所謂「西神」と呼ばれている地域のもので、一時期ブームとなった変質した藍鉄鉱ノジュールより、リプスクーム石やロックブリッジ石などの稀産燐酸塩鉱物が多産した時のものだ。

 この頃、館長は転勤で関西に居なかった為、遂に一度も現地へ行けなかった。今はその地域は、工業団地や住宅地となり造成が盛んであった頃の面影が無い。情報にも疎かったが、耳に入った筈なので、遅ればせながらも行っておけばよかったと今でも悔やまれる。やはりアンテナは常に張っておかないといけなしし、情報が入ったらすぐに動く行動力が必要だ・・・と痛感した。

8月13日(土)
暑中お見舞い申し上げます。
 猛暑と山ヒル、マムシ、ダニが怖くて、フィールドには全然行っておりませんが、真夏の「営業焼け」で日焼けしております館長です。
石を愛する皆様、暑中お見舞い申し上げます。ホントに毎日暑いですね。まだまだ暑い日が続きます。ご自愛下さい。

 館長は8月は採集に行く元気もなく、休日はグッタリ、ダラダラしております。8月は月末の名古屋ショーまで開店休業状態です。
日記の更新ネタも乏しいですので、日本産鉱物を4点アップ致しました。いずれも今では入手困難な一品です。

8月6日(土)
京の夏は暑い!
 益富地学会館の運営委員会で上洛したが、流石に夏の都はメッチャ暑い!
昨日も仕事で半日京都に居たのだが、今日は風が無いせいか、絶対昨日よりも暑い!

 そんな厳しい環境の中、たいへん嬉しいことがあった。
会館で石友から大阪府新産地のモリブデン鉛鉱を頂いたのだ。大阪府産の本鉱は館長の知る限りでは平尾旧坑に次いで二例目である。微細な結晶だが母岩上に光沢の強い黄色板状の結晶が付いた佳品だ。大阪府でもこういったものが見つかるんやなぁ・・・。同じく新産地のクリノゾイサイト(桃簾石:チューライト)も頂いた。感謝、感謝!

 会館では、
「京都ショー」の準備が着々と進んでいる。館長は今回も会館スタッフとしてお手伝いの予定。今年も楽しい三日間にしたいものだ。
 さて、その前に恒例となった
「石ふしぎゼミ」が行われるが、久々に館長が登場することとなった。何を喋ろうかなぁ・・・乞うご期待!?

8月6日の3F展示室
家族連れの姿もチラホラ

7月31日(日)
大阪石友会総会と「大化石展」
 昨日に続いて本日も「石」だ。本日は大阪石友会の総会が行われ、会長を始めとする新役員、幹事の選出が行われた。館長も幹事として引き続き3年間、会の運営のお手伝いをすることとなった。特に来年は会の創設者、眞鍋鶴松先生の生誕100周年にあたり、更にその翌年2013年は石友会創立50周年という記念すべき節目の年である。色々忙しくなりそうだ。
おっと・・・館長の還暦もあるんだった。

 総会の議事は粛々と進み、最優秀標本(庭山賞)の選出、5月に行った四国巡検の学習も行った。そして会の締めくくりは標本頒布「万華鏡」である。(写真上)
今回も会員有志から多数の標本提供があり、館長も協力させて頂いた。
アジェンダも順調に進み、予定より少々早めに散会となった。

 さて、石友会の室内例会会場はいつも大阪市立自然史博物館の会議室や集会室を使わせて頂いているのだが、当博物館では現在、「
大化石展」が開催されている。(写真中)

 割引券を頂いたので、特別展を見学して帰ることとした。
日本の化石から世界の化石、古生代から洪積世、恐竜化石から植物化石・・・とにかく化石のオンパレード。夏休みということもあって子供達も多く、たいへんな盛況である。鉱物趣味家としてはかなり羨ましい風景だ。鉱物だったらこんなに人が集まるかなぁ・・・?
 丁度、いつもお世話になっている博物館のK先生が展示解説の為に居られたので、ご挨拶を行う。

 それと展示品の中に当博物館の至宝、木村蒹葭堂の古石コレクションが展示されていた。(写真下)この標本とも久々の再会だ。
 尚、この催しは8月28日(日)まで開催されているので、興味のある方はぜひお越し願いたい。

ご参考までに
 大化石展
 (大阪市立自然史博物館ホームページ)

 貴方も石友会で共に石を楽しみませんか?
 大阪石友会

7月30日(土)
水晶学者・市川新松先生の足跡を訪ねて
 今月の中頃、関東の同好、Kさんからたいへん興味深い情報がもたらされた。
福井県武生で水晶の蝕像研究で世界的に有名な市川新松先生(1868−1941)の特別展があるというのだ。
 そして、会期中に一回だけ、市川新松展の会場と市川鑛物研究室、そして水晶の特別展をやっている福井市自然史博物館の三ヶ所をバスで巡るツアーがあるとのことだ。兵庫からはちょっと遠いが、これは万難を排しても、絶対行かねばならない・・・。


 それが本日だ。朝4時半起きでJR大阪駅へ向う。サンダーバード1号に乗って、いざ、北陸路へ。数ヶ月に一度はビジネスで通るコースであるが、プライベートでは久しぶりだ。朝イチのサンダーバードなのに乗客が結構多い。
1時間40分程で、館長を乗せたサンダーバードは武生(たけふ)駅へ。
 駅から徒歩5分ほどのところにある集合場所の「越前市武生公会堂記念館」(写真右)に向う。ここが「市川新松展」の会場でもある。
 定刻の9時30分になり、まず「市川新松展」の見学が始まる。(写真左:館内は写真撮影禁止であるが、会場全体を写すということで、特別に許可を頂いた) 本日は終日、福井市自然史博物館の吉澤館長にご案内頂くと言う特別版である。

 「市川鑛物研究室」の収蔵品を中心とした展示であるが、流石に水晶類は凄まじい数だ。研究用の資料が多い為、コレクターの琴線に触れるような標本はそう多くは無いが、それでも金峰山のツインは滅多に見ない大きなもので見事だ。
 市川先生が教師時代を送られた山梨の水晶は勿論のこと、苗木、田上山の煙水晶、地元北陸の遊泉寺や宮城県の雨塚山、鳥取県藤屋の紫水晶もあった。本邦の有名産地(当時)の水晶はほぼ網羅されていると云ってよいだろう。
 水晶以外の鉱物の展示もあり、地元福井の自然砒は勿論、兵庫県生野鉱山の自然砒、自然蒼鉛、自然銀、台湾金爪石鉱山の金鉱、島根県松代鉱山の霰石もあったが、館長イチオシは北陸の名山、石川県倉谷鉱山の重晶石群晶だ。個々の結晶は小さいが、板状結晶が沢山集まったもので、実に姿が良い。
 他に書籍などの資料展示も豊富で、福井県鉱物誌の原稿や図版の為に自ら彫った銅版など貴重なものが多い。人工水晶の展示もあり、我々が今使っている携帯電話には4〜5個の水晶振動子が使われているそうだ。遥か大昔(戦前)に市川先生は水晶が将来、通信に使われると予言していたことは驚きであった。

 展示会の見学後、一行はいよいよ館長念願の「市川鑛物研究室」に向う。
研究室は市川先生が自宅敷地内に作られた建物で、戦前から当時そのままの姿で残っている。今は市川先生のお孫さんが管理されている。(写真右 中央二階建ての建物)
 研究室内部には夥しい数の標本や書籍・資料の類が保管されている。抽斗の中も見せて頂いたが、当時のラベルがそのまま残っており、岩本鉱産物商会のラベルが多くみられたし、中には長島乙吉先生が主宰されていた「大和礦物會」という珍しいものもあった。若林弥一郎先生から提供された標本も多い。

 時間の都合で個々の標本は細かくは観察できなかったが、館長の目に止まった標本としては苗木のサファイアや富山県黒岳のツイン、乙女のライン鉱があった。駆け足の見学であったが、念願の「市川鑛物研究室」を訪れたことは大きな成果である。出来れば、またの機会にゆっくりと拝見したいものだ。ツアー一行を乗せたバスは最後の訪問地である「福井市自然史博物館」へと向う。
 博物館は以前、この日記でも触れた「笏谷(しゃくたに)石」で知られる福井市内の足羽山にある。博物館では丁度、特別展「きらクリスタル −水晶とそのなかまたち−」が開催されている。(写真左)

 水晶は山梨大学水晶館やフォッサマグナミュージアム、産総研・地質標本館の所蔵品も展示されており、特に嬉しかったのが、館長が惚れ込んだ山梨大学の「黄金の草入り水晶」との再会であった。一本の水晶の中に上半分が緑の草、下半分は金色の草が入った珍しいもので、水晶自体のテリ、透明度も抜群で、館長はこれを「日本一の草入り水晶」に勝手に認定している。他には乙女の大型の群晶や母岩付きのツイン、松茸水晶の群晶は見事であった。
 また、有名な若狭の「メノウ細工」も紹介されており、ビデオで製作工程が詳しく紹介されていた。
 常設展示も見せて頂いたが、福井県の鉱物を展示しているコーナーがあった。中でも剣岳(けんがく)鉱山の黄鉄鉱群晶は五角十二面体の結晶が集合した大型標本で、たへん見事であった。
・・・ということで本日は一日、たっぷりと楽しませて頂いた。

 帰りは交通費節約の為、武生から大阪まで普通と新快速(東京では「特快」)を乗り継いで4時間近くを要して帰ることとなった。ぜひ同好の皆さんも見学されることをお勧めしたい。


 ご参考までに
 
市川新松展 (越前市ホームページ)
 
特別展「クリスタル −水晶とそのなかまたち−」 (福井市立自然史博物館ホームページ)

7月21日(木)
山陰・鳥取にて”不思議なご縁”
 昨日から猛暑の中の鳥取出張だ。大阪から高速バスで米子へ向い、米子でコンサルティングを行い、更に安来節で有名な安来市へ移動し,、商談。それが終わると、更に島根に入って夕刻、松江で商談。再び米子に戻って一泊。日付変わって、朝から県庁所在地である鳥取市へ100Kmの大移動。かなりハードだ。
 午前中に一社目の商談を済ませたが、暑さと猛烈な湿気で、かなり体力を消耗してきた。営業は体力&根性勝負やなぁ・・・。
 お昼になり、腹も減ってきたが、そんなことは言っておられない。二社目に向う。二社目のお客様はショップなので、昼休みもOKの筈だ。
 今日の昼メシはちょっと無理やな・・・と諦めかけた時に立派なお寺の山門に差し掛かった。柱に眼をやると、なんと「一行寺」の文字が・・・
鳥取にあるのは知っていたが、まさか、こんな時に出会うとは・・・予期せぬ遭遇に不思議なご縁を感じる。
 ベテラン鉱物マニアであればお判りの方もいらっしゃるだろう。
一行寺は鉱物趣味の大先達で山陰の鉱物趣味界の重鎮、故中野知行師がご住職を務められていたお寺である。これも何かのご縁である。
中野知行師はお名前はよく存じ上げていたが、遂に一度もお会いすることがなかった。残念だ。
 折角なので、ちょっとご挨拶に立ち寄ることとした。20年以上も前から来たい、来たいと思っていた場所だ。現在は御子息がご住職を務めておられる。
 故中野知行師といえば、なんと云っても鳥取県若桜(わかさ)のヒスイを発見された事と日本鑛物誌第三版を引き継ぐ格好になった「日本鉱物総覧」であろう。
午後のタイトなスケジュールの関係もあって、ご住職に簡単なご挨拶と本堂へのお参りだけ済ませて足早に二社目へ向う。
もっと早く来たかったなぁ・・・。十年は遅かったな・・・

7月17日(日)
鉱物同志会のチャリティーバザーに参加
 本日は鉱物同志会のチャリティーバザーがあるのだ。バザーは例年1月にやっているものとほぼ同じだが、流石に三連休の中日だけに参加者は1月程ではなかった。それでも70人以上の会員が集まった。
 会場ではTさんやOさん、Kさん、Kさん、Ytさん、この日記の愛読者Wさんなど多数の同好にお会い出来た。
 今回も例会会場とバザー会場に別れており、受付を済ませた後、バザー会場へ。今回も夥しい数の標本が提供された。(写真右)
個々の標本の値段は1個100円から500円までと超安価。

 オークション品として20点くらいエントリーされていた。珍しいところで、大昔の岩石薄片が出品された。面白いな、と思ったが収集対象ではないのでパス。 
 昨年話題となった長野県向谷鉱山の都茂鉱の握り拳大の標本があったので、エントリーした。他には天沼鉱山の自然金や田口のパイマン、水晶や造岩鉱物を集めたセット標本などがあった。
 大量のバザー標本に目をむけると、やはり金鶏鉱山や秩父鉱山の石が目につく。秩父鉱山の燐灰石の大きめの標本や丸茂鉱など数点をチェック。果たして目をつけた石は手に入るか・・・!?
 参加者が4つのグループに分けられ、代表によるジャンケンが行われた。残念ながら最終組となってしまった。

 バザーはオークション出品者のグループから始まり、上位のグループから順に一個だけ選んでゆく。二順してからフリータイムとなる。 
 やはり欲しい標本はみんな一緒である。館長が眼を付けていた標本は悉くアウトであった。唯一、青森県湯ノ沢鉱山のグラトン鉱だけはゲットした。小品であるが、柱状結晶が群生した好標本であった。その他、山梨県黄金沢鉱山の洋紅石(ルーペサイズ)と向谷鉱山の都茂鉱のまずまずの標本を安価で手に入れた。

オークション?・・・勿論、今回も外れました・・・・!
「クジ運」徹底的に悪いわ!!

7月12日(火)
秩父鉱山の組標本
 関東の石友Yさんから、珍しいものを頂いた。関東を代表する名山で、かの平賀源内も開発に携わった秩父鉱山(当時は日窒鉱業、今のニッチツが経営)でかつて製造販売された「組標本」だ。
 製作は秩父鉱業所であるが、販売は当時の子会社の山生産業である。
このように鉱山が組標本を販売する例は少なく、館長が知る限りでは、愛媛県の佐々連鉱山(住友金属鉱山)くらいだ。
実はこれと同じものを以前、無名会の例会でも見せてもらったことがあるが、まさか手に入るとは思ってもみなかった。

 標本は16種で、鉱石(金属鉱物)と脈石鉱物の組み合わせである。
磁鉄鉱、赤鉄鉱、鏡鉄鉱(雲母鉄鉱)、褐鉄鉱、パイロリュース鉱、黄鉄鉱(六面体)、磁硫鉄鉱、黄銅鉱、鉄閃亜鉛鉱、方鉛鉱、輝安鉱、硫砒鉄鉱、車骨鉱、方解石、菱マンガン鉱、ベスブ石、柘榴石、灰鉄輝石という組み合わせだ。
しっかりとした木箱に入っている。

 秩父鉱山と言えば有名なのが、「糸金」として知られる自然金だが、当時から持ち出し禁止の貴重品で、組標本には含まれていない。しかし、自然金と並んで有名品の車骨鉱がちゃんと入っている。当時から車骨鉱はマニアにとっては入手困難な標本で、このあたりに鉱山の力の入れようが判る。
 このような貴重な資料を下さったYさんに心から感謝致します。

7月10日(日)
X線を勉強する
 館長は8日、遂に59歳となった。いよいよ還暦にリーチである。
ジタバタしても間違いなく1年後には還暦である。ここは定年後を楽しみに還暦を待とう。
 しかし、鉱物趣味に定年は無い。弱っていく体力、鈍くなっていく記憶力、軽くなっていく財布とは反比例して、石に対する意欲は増すばかり・・・
来年は還暦や定年よりも「鉱物趣味50周年」を祝おう。

 さて、今日は益富地学会館の「楽しい地学教室」に参加した。
今回のテーマは「初歩の”X線粉末回折”」だ。今や鉱物趣味になくてはならない、「X線」を基礎から勉強することとした。
館長の勤め先でも最近は電子計測器以外に「X線蛍光分析装置」を扱うことがあるので、この面でも興味がある。

 今回の地学教室はたいへんな人気で、キャンセル待ちが何人も出るほどであった。実際にX線のチャートからブラッグの法則により”d”を求めてデータと照合する内容で、実際に会館のX線装置を使っての講義であった。
 このあたりは殆ど理解せずに今日まで来たので、たいへん良い勉強になった。講師を務められたFtさんと補助を務められたItさんに感謝したい。

 
写真上:模型を使ってX線粉末回折の原理を説明されるFtさん
 写真下:会館のX線粉末回折装置。これを使って実習した。

7月3日(日)
夏の「石の花」
 二日続きの益富地学会館だ。本日は久々にOaさんの「石の花」である。
今回は東北地方の鉱物がメインでいずれも珍品揃い。それもあってか名古屋や遥々、宮城からの参加者もあった。皆さんのお目当ては松尾鉱山のリビングストン石だろう。
 リビングストン石・・・実に良い響きだ。木下亀城先生の「続・原色鉱石図鑑」に載っている銘柄標本で超珍品の部類に属する。黄鉄鉱中に辰砂を伴い、輝安鉱のような微細な針状結晶をなす。松尾鉱山でしか(たぶん・・・)見つかっていない(・・・と思う)稀品である。
 他には、崎浜の貴電気石。ウォーターメロン系だが、実は中心部が緑で外側がピンクの「逆ウォーターメロン」だ。また、リチア雲母の上品も出品された。
 会場にはYs師匠も来られ、館長が欲しかった大阪府産の鉱物を頂いた。
ちょっと早目の誕生日プレゼントとなった。感謝、感謝。

7月2日(土)
企画展示 滋賀県の鉱物
 定例の運営委員会。その前に3Fの新しい展示を拝見する。
「スーパーマリオ」、「マリオ先生」ことItさんによる滋賀県の鉱物の展示である。
新産地のドーソン石や多賀の大きな方解石結晶、有名な月出のスカルン鉱物などが展示されていた。
 中でも館長が注目したのは米原町の斧石だ。
尾平産を彷彿とさせる立派な結晶だが、産状がなんとスカルンなどではなく「枕状溶岩中」ということでビックリ。この石を前に石友数名と石談義。恐らく、枕状溶岩に硼素を含んだ熱水が貫入したか、硼素を含んだガスが作用したのではないかということになったが、意外なところから意外なものが出るものだ。

 丁度、会館に「ミネラ」の最新刊14号が入荷していたので、購入した。
今回の特集は「鉱石山のアンドラダイト」。要するに「灰鉄ザクロ石」だ。
館長はこの「ミネラ」がお気に入りである。鉱物であれば採集派から購入派、国内派から国際派、更にはジュエリー、パワーストーンっぽいものから水石まで多岐に亘って網羅されて、「石」をいろんな切口で楽しめる。石の総合趣味誌だ。
内容的には一時代を築いた昔の「愛石界」に通じるものがある。

 石友Mtさんから川浦鉱山の水亜鉛銅鉱を頂く。またOaさんから海外の鉱物学者であるR氏のラベル付き標本を頂戴する。感謝、感謝。

 写真上:展示されている滋賀県の鉱物
 写真下:来館者に説明をされるItさん(右側の人物)

6月11日(土)
八尾市の鉱物
 益富地学会館の運営委員会で上洛した。
昨晩から大雨で、どうなることかと心配したが、家を出る頃から雨があがり、幸い一度も傘をささずに済んだ。

 今日は早めに会館へ行き、資料漁りに時間を費やした。また、同好から思わぬプレゼントをもらった。大阪府八尾(やお)市産の透輝石だ。八尾市の鉱物は初めてなので、これは嬉しい。同好に感謝、感謝。

 運営委員会では館長が関与している「フリーマーケット」について意見交換を行った。今回のフリーマーケットでは大阪ショーでの積極的なPRが功を奏し多くの方々(恐らく過去最高)に来場頂いた。
これからも大きなミネラルショーとは一味も二味も違ったフリマを目指したい。
次回(11月予定)も是非多数ご来場の程・・・。

6月3日(金)〜6月4日(土)
鉱物ファン、東京に大集合!
 毎年6月の第一週は鉱物マニアにとって最も忙しい日であろう。
新宿ショーとミネラルマーケットという鉱物ファンにとっての二大イベントが開催されるのである。
 館長は今回も高速バスで兵庫から参戦。オープン30分前に到着したが、金曜日だというのに長い行列が出来ていた。10時にいよいよオープン。館長はいつもの通り、まずは眞鍋鉱物研究所さんへ向う。大阪石友会顧問で、館長が主宰する大阪鉱物研究会のご意見番であるThさんにまずはご挨拶。
 それから館長が運営委員を務める益富地学会館のブースへ。今回も興味深い日本産鉱物が出品されていた。その中で「オッ!」と思ったのが木浦鉱山の亜砒藍鉄鉱だ。丸箱入りの小品だが、亜砒藍鉄鉱の部分が1.5cmに及ぶかなりの良品。
これは即ゲット。他に大阪石やピータース石、木浦のスコロド石、市之川の輝安鉱(小品だが光沢強く綺麗)などが目に付いた。
 次に新宿ショー名物の「ノンプロコーナー」へ向う。最近話題の鹿児島県大和鉱山の稀産鉱物が多く出品されていた。他には長野県の都茂鉱と共生する稀産鉱物(名前は忘れた・・・)などかなりの量である。 午後は会場をちょっと抜けて、都内のA標本店へ。ここで尾平鉱山ハジカミ谷の日本式双晶を入手。後で、この双晶を採集したKさんに聞いた所、一番大きなクラスだそうで、ちょっと気をよくする。またまた会場に戻る。夕刻、勤務先の元後輩Nさんが仕事帰りに会場へ来てくれた。二人で飛び込み営業をやった当時の思い出話に盛り上がる。
 さて、翌日は飯田橋のミネラルマーケットだ。こちらも30分前に到着したが、既に長い行列が出来ていた。館長はこの催しが秋葉原のラジオ会館でやっていた当時、第二回目からの参加であるが、随分大きなイベントに育ったものだ。
 日本産鉱物主体だけに顔見知りも多く、関西のItさん、Kt嬢、Kyさん、九州のUs先生、Hkさん、無名会や関鉱同のメンバーなど多数の石友にお会い出来た。

 オープンと同時に皆さん、整然と会場へ。館長が入室した頃には会場は満員。
 館長は光竜鉱山のアギラール鉱、喜多平鉱山のオリーブ銅鉱の良品を入手。それと昨年の本邦新産鉱物であるハルス石を購入。錫を含む硼酸塩鉱物という変り種で、一個体のみ見つかったという珍品だそうだ。やはり、稀産、珍品、絶産という言葉に弱いな。
 他に超珍品の愛媛県優量鉱山の輝安銅鉱の実物を初めて見るも、当然のことながら高価で手が出ず、残念ながら、指をくわえて見送り。
 午後、また新宿ショー会場に戻り、先日標本ラベルの件でご指導頂いた、Sh先生にご挨拶させて頂く。夕刻、会社の同僚、Hさんが来てくれ、お茶をしながら歓談。
 二日目の夜は鉱物コレクターの懇親会である「新宿ミーティング」へ。
高層ビルの54階は素晴しい眺めである。今日は30人弱のメンバーが揃った。
大半が関東の方々であるが、館長など関西勢と九州勢も参加。九州のUs先生の乾杯の音頭の後、あちらこちらで鉱物談義が始まる。元鉱山関係者の方も居られ、鉱山操業時のたいへん興味深いお話が聴けるのだ。
 暫くして、お楽しみのオークションの開始だ。大粒の砂金、フォイト電気石の大型標本(かなりデカイ)、尾平鉱山の水晶群晶、逸見石の良品などが出品。
約二時間の歓談の後お開きとなり、館長は名残惜しいが高速バスで関西へ。
さぁ、次は8月の名古屋ショーだ。

6月1日(水)
太平洋側唯一の油田跡を往く
 小学校〜中学校にかけて学校の成績がたいへん悪かった館長が唯一好きだった科目が「社会」、特に「地理」であった。地図を眺めるのが好きな少年で、当時から既に鉱物マニアでもあったので、当時沢山あった鉱山マークに思いを馳せていた。
 そんな館長が日本地図で気になるポイントがあった。太平洋側に一ヶ所だけある油田マークだった。当時は我国の油田は殆どが新潟、秋田に集中し、北海道にちょっとだけ在り、その意味でも太平洋側にポツンとあった油田に興味津々だった。それから幾星霜・・・。

 今回、静岡出張で牧之原市まで来た。午前中の取引先との商談も無事に終り、午後のアポイントの場所へ向う途中に、「油田」の文字が・・・

 偶然にも、ついに少年時代から夢にまでみた?油田と遭遇のチャンスが巡ってきた。これは行かずばなるまい。丁度昼休みなので、昼食はコンビニでサッと済ませ、「相良油田資料館」に向い、慌しく、駆け足での見学となった。
 当地の原油は他産地とくらべてかなり様子が違う。美しい琥珀色で透明度がたいへん高い。資料館のスタッフの方に聴くと、軽質油でそのまま自動車が動かせる程、質の高いものだそうだ。
でも太平洋岸でなんでここでだけ・・・?。自然は不思議やなぁ。

 公園の近くには昭和25年まで使われていた油井(やぐら)の実物が残っている。このような貴重な資料をこれからも後世に伝えていってほしいものだ。

5月28日(土)〜5月29日(日)
雨男、本領発揮ス。大型台風接近、大雨強風下の四国採集行
 本邦を代表する鉱物は何といっても愛媛県西条市市之川鉱山の輝安鉱であろう。鉱物趣味歴48年の館長も石集めを始めて以来の憧れの鉱物だ。その輝安鉱の標本は既に保有しているが、肝心の市之川鉱山に行ったことがない。
 その機会がようやく巡ってきた。大阪石友会の一泊採集会で市之川鉱山とこれまた行きたかった五良津山へ行くこととなった。他の石の用事2件とバッティングしたが、市之川をとった。
 しかし、当日の天気予報は雨。しかも季節外れの大型台風も近づいている。
まさに嵐の予感がする。そして予報通り、大荒れの天気となった。
いつも通り川西市内で集合。今回は総勢17名である。一行は雨の中晴れ間が出るのを期待しつつ、淡路島を縦断し、徳島、香川を抜けて愛媛に入る。
最初の目的地は愛媛県関川上流の五良津山である。
 五良津山では、関川上流の大きな岩が積み重なった場所に到達した。
願いも空しく、風雨はますます強くなり長靴では岩の上で滑ってたいへん危ない。岩も堅く、大きめのハンマーを持参したが、はね返される。手強い相手だ。ここは早々に諦め、ちょっと戻ってザクロ石を多く含む露頭に向う。ここでは地面に落ちている分離結晶を拾うのだ。
 小一時間ほど表面採集を行い、最大1.5cmのテリのある結晶を1個だけ見つけた。結局、この一個が今回の採集行の唯一の成果であった。その後、紅簾片岩の露頭に向い、見事な紅簾片岩に感嘆!手頃なサイズの岩片を一個だけ拾って、五良津山を下りる。
 残念ながらかつて鉱物趣味の大先輩に見せて頂いた素晴しい母岩付きのザクロ石はその片鱗すら見ることができなかった。またのリベンジを誓い、今宵の宿泊先である西条市に向う。
 一夜明けても、相変わらずの雨だ。この雨では市之川鉱山でズリに向う渡渉は難しいかもしれないとの予測であったが、やはり濁流になっており、ズリでの採集は断念。元々、館長は採集というよりは市之川の地に立ちたかっただけなので、特に残念という気はしない。「アンチモンの里」という看板(写真上)のある公民館に駐車し、一行は選鉱場跡の対岸に到達。ここで各自、石を叩く。小さな輝安鉱はあるようで参加者の歓声が聞こえる。
 館長は雨で足場の悪い斜面を登って「千荷坑」跡に到達。(写真左)
千荷坑跡はかなり立派な坑口で、入口はコンクリート?で閉塞されている。
「明治廿三(23)年一月」と刻まれた文字が歴史を感じさせる。台風接近の最悪のコンディションであったが、来て良かったと思う。
その後、愛媛県立総合科学博物館に立ち寄り、市之川鉱山の輝安鉱などを見学して帰途についた。
風雨に見舞われ、成果らしい成果は殆どなかったが、市之川の輝安鉱ファンとしては現地を見られ、有意義な採集行であった。

5月22日(日)
「石のフリーマーケット」開催
 本日は久々に「石のフリーマーケット」。先日の大阪ショーで大々的に?PRし、満を持しての開催であるが、あいにく天気予報は雨。家を出る頃から今にも泣き出しそうな空模様だ。京都に入る頃、遂に雨が降り始めた。更に運悪く、開場一時間程前には大雨となった。目算が狂い、かなりガックリである。

 益富地学会館の1F会場に着くと、既にTkさんとAsさんが準備中。館長も標本を並べ始めた。その後、共同出品者のWyさんやマンガンのTmさん、ペグマタイトのNkさん、石友のThさんのグループ、Kt嬢やYさんなど出品者が勢揃い。
 しかし、雨はますます勢いを増し、開場5分前でも、僅か1名の方がオープンを待つのみ。こりゃ、かなり厳しいなぁ・・・。最悪の事態も頭をよぎり始めた。

 そして10時になりオープン。ところが予想に反して来場者がドンドン入って来られる。皆さん開場時間に合わせて来られたようだ。会場内のアチラコチラでお客さんと出品者の石談義が始まる。単に石の売り買いだけではない・・・これがこのフリーマーケットの醍醐味だ。館長もお喋りをしたり、鑑定をしたりと出品者としても、結構楽しませてもらった。
 会場はあっという間に来場者で埋め尽くされた。本日は宣伝の効果か、会員外の方々も多く、後で聞いた話だが、3Fの展示室もたいへんな盛況であったそうな。
 結局、午後になって客足は多少落ちた(これは想定の範囲)が、クローズまで客足が途切れることなく、予想以上の大成功であった。これで、もし天気が良ければ・・・。次回に期待しよう。
 また、今日は会館に団体さんが見学に来られた。40人超という会館としては大型の団体で、1F、3F共たいへん賑やかな一日であった。(写真下)
 最後になりましたが雨で足元の悪い中、お出で頂いた多くの皆様に深く感謝申し上げます。次回も宜しくお願い致します。

5月7日(土)
上洛
 益富地学会館の運営委員会で上洛した。ちょっと早めに会館に行き、先日、会館の図書室で見つけた「能勢自然科学同好会」の会誌を閲覧する。
白神正夫先生や高岡公昭先生など大阪府産鉱物研究の大先達も会員であったようだ。昭和23年だから館長も生まれていない頃だ。

 研究依頼していた豊能鉱山の二酸化マンガン鉱の正体が判明。
バーネス鉱期待(願望で根拠は無いが)であったが、結果はクリプトメレーン鉱であった。少々残念だが想定の範囲内で順当な結果。3F展示室で「岐阜県苗木地方の地質と産出鉱物」と「都道府県の鉱物」(左の写真)の展示を拝見。I
 それと5月22日に益富地学会館で行われる「石のフリーマーケット」に今回も参加決定! 多数の皆様のご来場をお待ちしています!

5月3日(火)〜5日(木)
ゴールデンウィーク後半
 連休になって、ようやく今まで蒐集した文献や記事のコピー、写真など大量の鉱物関連資料のリスト化(棚卸)を始める。データベース化したいが、Excelで簡単に済ませるか、Accessにするか迷うところだ。

 話は変って右の東京帝國大学(現東京大学)理学部の古いラベル。師匠から頂いたものだが、署名付きで、珍しいことに連名である。三人の御名前が書いてある.。このうちの御一人の人が書いたものと思われるが、誰か判らない。因みに御三方のお名前は左から渡邊武男、岩生周一、兼平慶一郎の各先生。同好で、この御三方を全部知っている方が居られれば、これは凄い。

 縁あって、Sh先生にお聴きした所、兼平先生の筆によるものと判明。しかも書かれた日にちと番号から愛媛県大久喜鉱山調査の折の標本という所まで判った。
ご教示頂いたSh先生に感謝致します。

4月29日(金・祝)〜5月1日(日)
大阪ショー2011 始まる!
 いよいよ大阪ショーの開幕である。館長は今回もスタッフとしての参加だ。
開催初日は三連休の初日にもあたり、たいへん多くの来場者で賑わった。
オープン前の行列はなんと600人以上!
館長が受け持つコーナーは特別展示等とともに今回からメイン会場の向い側に移った。
ここでは会館コーナーの他、イベント会場(今回は京都ショーと同じく「風鈴作り」)、特別展示会場(ヒスイの国、日本)、そして、特別展示に因んでヒスイ販売等数店舗が集まっている。
今回は初出展で糸魚川観光協会さんも出展、ヒスイの大物を販売されていた。
 館長の受け持つコーナーでは大阪石友会の会員でもあるTsさんとSkさんSy君親子の4名態勢で臨んだ。 今回は別室となったので、最初はなかなか来場者が増えず、今回は厳しいかな・・・と思ったが、暫くするとメイン会場を一巡した来場者がドンドン詰めかけ、4人でもフル稼働状態となった。ルーペや箱類、ミネラルタックは定番商品でよく売れるが、今回は「万華鏡」が人気があり、初日に完売した。
 イベントコーナー(写真中)も初日は予想を遥かに上回る勢いで満員札止め。二日目はやや客足が落ち着いたが、最終日には、また勢いが復活し見事完売。
 さて、肝心のメイン会場の方だが、館長は持ち場が忙しく、残念ながらジックリと見られなかった。それでも、老舗A標本店では昨年の池袋ショーでリリースした一級品コレクションに加え、新たに九州の趣味家の処分標本がお目見え。ハジカミのピンクのホタル石や電気石、土呂久のダンブリ石、斧石、豊栄の”フランケ鉱”など九州の鉱物を中心に出品されていた。
 初お目見えのB標本店では小さいながらも新潟県金山谷のベニト石結晶を安価に販売されていた。当然ながら即日完売であった。こちらも老舗のC標本店では櫻井鉱の貴重な大型標本や大和水銀鉱山の巨大な辰砂、珍品の石川県倉谷鉱山の大型標本など銘柄標本が目白押し。
 国産鉱物の充実したD標本店では今回新たに多数の国産銘柄標本が入荷していた。E標本店では美しい外国産鉱物に加え、富井鉱山や野洲鉱山の見事な紫水晶を販売されていた。
 我が大阪石友会は今回もブースを構えた。会員の持ち寄った標本で、バラエティーに富み、価格も安いことから、なかなかの人気だった。 いずれのショーでも年々国産鉱物は少なくなっているが、まだまだ、偶にすごい標本が出てくるので眼が離せない。

 さて、館長の方はというと、前から迷っていた三重県丹生鉱山の黒辰砂の一級標本を思い切って購入した。
6〜7cm大の母岩一面が黒辰砂で埋め尽くされた標本で、群生しすぎて個々の結晶はハッキリしないが「リッチな標本」という点ではトップクラスであろう。
それとF老舗標本店で島根県小馬木鉱山の輝水鉛鉱を購入した。
小馬木鉱山のものは有名標本で市場に沢山出回っており、どこの標本店にもある・・・といっても過言ではないだろう。ただ、平瀬鉱山産に比べて結晶が小さく、なかなかこれと云った標本にお目にかかれないのでずっと見送ってきた。 しかし、今回はやや大きめの母岩上に径2〜2.5cmのまるで花のような結晶が2個、立体的に合わさった標本を見つけた。
本鉱は普通、母岩に埋ったような状態であるが、これは見事に飛び出しており、姿がたいへん良く、横からみると「算盤玉」状に見える。しかも安価で迷わずゲット。
 また、石友Ftさんからマイコレクションの大阪高槻産「梅林石」の良品を頂戴した。手作りの台も付いており、実に趣きがある。Ftさんに感謝致します。 ・・・ということで大阪ショーは成功裡に終了。さて、次は6月の新宿ショーである。これから新宿ショーまで石のイベントが目白押し。

4月23日(土)
一攫千金・・・夢に終わる
 昨日から雨である。本日は某団体による採集会の予定で、兵庫県下の或る川へ行く予定であった。そこでは砂金も出ており、館長も砂金狙いで数日前からパンニング皿など砂金採集セット一式を用意してこの日を待ちわびていた。
 しかし、残念ながら河川の増水懸念で延期となった。あいにく延期になった日は別のアポが入っており断念。一攫千金は夢に終わった。しゃーない、個人的に行くか・・・。最近、大阪府産鉱物がまとまって入手できたので、本日は標本整理の一日と相成った。
もう来週は大阪ショーか・・・早っ!

4月16日(土)
本日は写真撮影のみ 北摂旧坑めぐり
 鉱山跡の写真を撮る為、北摂の某旧坑を訪れた。12年ぶりの訪山であるが、人が入った形跡が無い。一時期騒がれた場所であるが、元々小規模な産地で目ぼしいものが採り尽されたことと、一部の人にしか正確な場所が知られていない為に、今は訪れる人も無く、自然に帰っていくようだ。
館長も記録写真の取り忘れが無かったら来なかったのだが・・・。
 勿論、端から採集する気は無かったので、写真だけ撮って早々に退却することとした。
 その後、まだ帰るには早いので、五月山の廃坑(秦野鉱山ではない)に向う。
有名な桜の名所、五月山も桜がだいぶ散ってしまった。満開の時は深緑の山に桜のピンク色の帯が出来て、実に素晴しい。もう二週間ほど早かったらなぁ。
 そうこうする内に目的の廃坑に到着。ここには上部に二本の坑道やズリがあるが、そちらは調査済の為、いままでパスしてきたズリ?の最下部を探す。
 結局、この山に特徴的な珪化した暗緑色の母岩に貧弱な黄鉄鉱をまじえた石しかなかった。「青物」や「光り物」は全く無しだ。ここも記録写真を撮って本日は終了。(写真:帰りに寄った落ち葉で半ば埋った坑道)

4月2日(土)
春の京都へ
 今日はずいぶん暖かい。桜の花もあちらこちらで開花してきた。そんな陽気に誘われてか、京都は随分人出が多い。阪急電車も満員であった。
本日は益富地学会館の運営委員会で上洛した。丁度、3Fの特別展示の模様替えが終わったところだった。今回のテーマは「岐阜県蛭川田原のペグマタイト鉱物」である。母岩付きの見事なトパーズやスターマイカなどが展示されていた。
その後、図書室で古い地学関連の資料漁りを行うも、本日は目立った成果なし。
 
 運営委員会の後、目前に迫った「石ふしぎ大発見展・大阪ショー」のスタッフミーティングを行い、帰途につく。館長は今回も前回と同じ持ち場でお手伝いさせて頂く。石友や多くの来場者との交流が楽しみ。

 帰りに定番の「錦市場」をブラブラ。先日からどういうわけか「最中」(もなか)が無性に食べたくて仕方がなかったので、以前から一度買って帰ろうと思っていた幸福堂(創業明治元年)の「五条ぎぼし最中」と、ヨメの土産に「一口みたらし」を買った。

3月26日(土)
丹波帯で鉱物を探す
 石友Tyさんと京都亀岡のMtさんのお店「たんくら」を久々に訪問した。
三人で石談に花を咲かせながら鉱物標本を何点か購入。その足で鉱物採集に向った。
 今日は大阪高槻の採石場跡を訪ねた。丹波帯の硬砂岩を採石していた大きな採石場跡だ。石が沢山積み上げられていたが、脈状に入った結晶していない方解石以外鉱物らしきものはない。
 パリゴルスキー石くらい無いかな?と思ったが見つからず。折角だからサンプルとして脈状の方解石を持ち帰っただけに終わった。
 今日は雪が降ったり、急に晴れ間がのぞいたりで変な天気だ。少し時間があるので、少し京都方面に戻り、出灰(いずりは)の石灰岩の採掘場跡へ向う。このあたりは丁度、大阪府と京都府の境にあたり、大阪と京都を出たり入ったりだ。
 出灰は大阪ではかなり有名な場所だが、殆ど人が入った様子が無い。
採掘跡は苔でいっぱいで、とても採集できる状態ではない。それでも、ひょっとして方解石の結晶くらい無いかな?と思って石を少し割ってみたが全くのボウズであった。天気もイマイチなので今日は早めの撤収となった。

3月13日(日)
石の花
 Oaさんの石の花に参加した。今回のテーマは紀州鉱山の鉱物、和歌山県岩出町の鉱物、京都府行者山の鉱物。紀州鉱山は有名な淡青色のホタル石群晶、磁硫鉄鉱結晶、球状の閃亜鉛鉱などが出品されていた。館長は方解石の群晶を購入した。
 そういえば子供の頃、近所で鉱物にちょっと興味をもった子供が居て、紀州鉱山で社宅の人に閃亜鉛鉱と方解石が組み合わさった綺麗な標本をもらってきた。
随分羨ましかったものだ。あの頃は鉱山も稼行中でいっぱいあったんだろうな。

 岩出町のものは手稲石や自然金が見つかり一躍脚光を浴びた産地だ。
館長には詳しい情報は入らず、小路旧坑と同様、随分悔しい思いをしたものだ。

このたびの東北地方太平洋沖大規模地震により被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
被災地の皆様におかれましては、一日も早い復旧と日常の生活を取り戻されますよう、お祈り申し上げます。
(館長)

2月27日(日)
大阪石友会室内例会
 まだ二月だというのに気持ち悪いくらい暖かい日だ。
長居公園に入るとリレーマラソンなどスポーツを楽しむ人や行楽の人でいっぱい。公園では早咲きの「河津桜」もチラホラ。すっかり春の雰囲気だ。

 さて、本日は久々の大阪石友会の室内例会。会場の大阪市立自然史博物館の集会室へ急ぐ。会場へ着くとすでに会員の方もだいぶ集まっていた。

 定刻になり開会。出席者は16名。次回以降の野外例会地(館長も行きたかった場所で楽しみだ)も決まり、本日のメインテーマであるThさんの鉱石ラジオの講演と実験が始まる。(写真上)
 石の会だけに、実際に「鉱石」として黄鉄鉱や方鉛鉱、斑銅鉱と紅亜鉛鉱(人工品)を使っての実験を行った。鉱石ラジオは電源を必要としない(館長は子供の頃、これが不思議だった)ので、災害時や非常時に威力を発揮するとのこと。なるほど・・・納得。
 しかし、マクスウエルの電磁方程式とか誘電率、透磁率、PN接合やコヒーラとかの電気電子の用語が複数の会員の間で飛び交うなど、とても石の同好会の例会とは思えない。
 その後、Tsさんの蛭石についての講演やKさんの石の彫刻の話に引き続き、お楽しみの万華鏡配布を行った。本日の万華鏡はKh会長提供の立派な中国産カルサイトの他多数の標本が提供された。本日の参加者はラッキーでした。館長も手持ちの標本を20点ばかり提供させて戴いた。

 館長はFtさん提供の大阪府高槻産の梅林石(写真下)が欲しかったが、運良くゲットできた。輝緑凝灰岩?の中にピンクを帯びた方解石?が梅の花のように散在するものであるが、全体的に薄い緑色を帯びた灰白色の拍子木状結晶が散在している。斜長石かな・・・?
 梅林石は岩石標本や鉱物標本というよりは、どちらかといえば「水石」に近いが、大阪府産の標本である。コレクションに加えよう。
盛会のうちに16時頃閉会し、三々五々帰途についた。また明日から仕事か・・・。

2月20日(日)
大阪層群の観察
 本日はある自然研究グループの大阪層群の化石観察会に参加した。
館長は鉱物関連の指導スタッフとしての参加である。

 観察場所には大阪層群の最下部の粘土層が見られ、近傍には基盤の花崗岩の露出もある。
指導員のW先生によると270万年前くらいの地層だそうで、まだ海進が始まっていない頃だ。一番古いものは岬町にあるそうだ。

 今回は植物化石中心の観察会なので、鉱物屋の出番は殆ど無い。
しかし、今となっては貴重な大阪層群の露頭が見られたのは大きな成果だ。
それにしても大阪層群の厚さは何と1,000m。すごいな。

2月16日(水)
その名は「千葉石」
 今朝の新聞朝刊に「千葉石」が掲載されていた。
「新鉱物 その名は『千葉石』」のタイトルでなかなか大きな扱いであった。

 最近は石が新聞記事になる場合は化石、特に恐竜化石が殆どだっただけに、鉱物が大きく取り上げられるのは久しぶりだ。
千葉石そのものは既に鉱物コレクターやマニアには知られており、ミネラルショーで標本も相当数出回っている。

 千葉県初の新鉱物という点となによりもメタン(記事では天然ガス)を含むという点でニュース性があるのだろうか。

2月13日(日)
石ふしぎゼミ
 益富地学会館の「石ふしぎゼミ」で上洛した。今回は8名の講演者による多彩な講義があった。石の趣味もいろいろなアプローチの仕方があって面白い。
 夫々に聴き応えのある内容であったが、特にTmさんのダトー石のお話の中に出てきた産地(京都府綾部市施福寺)は、館長も昔、往復に11時間かけて行った(歩きも含めて家から産地までのドアツードアで)産地だけに興味深く拝聴した。

 白色塊状のダトー石は多少の硬度差があるものの、見た目は石英と区別がつかない。それをフィールドで石英ではないと見破ったTmさんの慧眼には脱帽だが、その前提となった河守鉱山での観察が重要なポイントであったとか。
やはり鉱物採集は単に採るだけではなく、観察が重要であると痛感した。

当日のアジェンダは以下の通り。
 
長石の双晶
  京都府八幡で見た元巨椋池
  トルコ・カッパドキアを訪ねて
  ◆『高壮吉鉱物標本』を見て
  長崎県雲仙普賢岳について
  「ストーン・ハンティング」
  ダトー石という鉱物について
  3月の“鹿児島地学巡検”先どりガイド

2月8日(火)
ホープダイヤモンド
 NHKの「ワンダー×ワンダー」を観た。この番組を見るのはナイカの石膏鉱山の特集以来だ。
 益富地学会館の新春交流会の席上、松原聰先生がご講演の後、この番組に出演されることを仰っていたのでチェックしていたのだが、諸事情により後半しか見られなかった。ようやく再放送で全てみることが出来た。
 ホープダイヤは所有者が不幸になることで知られる超有名な青ダイヤである。
あまりにも青色が見事で、本放送の時に一緒にテレビを観ていたヨメが「サファイアか?」と言ったくらいである。テレビでこれだけ綺麗なのだから、実物はスゴイんだろうな。
 今回はこの伝説の青ダイヤに科学のメスをいれるという趣向で、このダイヤの驚くべき特徴を知ることが出来た。松原先生も感嘆しておられたのが印象的であった。

2月6日(日)
千里丘陵に高師小僧を求めて
 館長の元へある情報が届いた。千里丘陵で高師小僧が採れる場所があるらしい・・・という情報だ。千里丘陵は大阪のベッドタウンとしての開発が進んで、ごく一部に大阪層群の露頭が見られる程度になってしまった。ましてや高師小僧が出る、というのはたいへんな朗報である。情報を集めて現地へ向う。
 ようやく辿り着いた場所は宅地造成中の場所だ。幸い、立入禁止の札やフェンスの類は無い。道端という感じだ。
 ・・・とは云え、カット面を崩すわけにはいかないので、表面採集を行う。
 すぐ横まで工事が迫っているので、この露頭が消滅するのも時間の問題だろう。鉄分の気配は十分あるが、高師小僧そのものはなかなか見つからない。
 鬼板の層(写真右)が出ているので、その近傍にある筈だ。少し時間が経って、眼が慣れてくるに従って、ようやく見つかりだした。但し、昔、待兼山に産したような実に高師小僧らしい大型の格好の良いものがない。とは云え、「大阪府の鉱物」としての資料的価値は十分だ。ここ以外にも一ヶ所見つけて、産状の確認も出来、十分な成果が挙げられた。

1月23日(日)
益富地学会館 新春交流会
 本日は毎年1月恒例の益富地学会館の新春交流会。1月の第四日曜日に行われるこの行事が鉱物趣味の一年の幕開けである。

 今回も昨年同様、即売会の出品者側に廻った。Wyさんとの共同出品であるが、だいぶ手持ちの(売れる)標本が少なくなってきたので今回もマイコレクションを奮発した。
 売上はマズマズという感じだった。ご購入頂いた皆様方に感謝致します。

 出品者側に回った為、なかなかゆっくりと標本は見られなかったが、それでもいくつか成果があった。昨年の話題の産地であった長野県向谷鉱山の都茂鉱をようやく入手した。丸箱サイズの小品であるが、一面に都茂鉱が付いている佳品だ。また、分析済の野村鉱山の高根鉱も入手。
「大阪府の鉱物」では天生鉱山の
褐簾石、初谷鉱山の黄銅鉱、石堂鉱山のヤコブス鉱などが手に入った。
 都茂鉱に話を戻すと、本家・島根県都茂鉱山の都茂鉱が比較的入手困難で高価であったので、今回の大量産出で”都茂鉱マーケット”の動向が気になる。かつて滋賀県灰山で大量にベゼリ石が出ても、国内本家の荒川石や神岡石(これはモノそのものが「幻」だが)の価値は下がらなかったので影響は無いのか?館長はたいへん興味深い。
 さて、この新春交流会は大きく分けて即売会と講演会の構成だ。
山岡理事長のご挨拶の後、講演会は加藤昭先生(国立科博名誉研究員)による「珪酸塩基本基の形態と対象」のご講演、会館の石橋研究員による昨年度の巡検の報告(右の写真)、松原聰先生(国立科博)による「日本の新産鉱物・新鉱物(2010)」のご講演があった。昨年は世界新産鉱物一種を含む、18種の日本産新鉱物・新産鉱物が見つかったそうだ。その内、北海道幾春別と大分県木浦鉱山で8種を占める。
 パネル展示ではKmさんによる水晶の蝕像で知られる福井の市川新松氏の紹介があった。以前から館長は関心があったが、一度「市川鉱物研究室」を訪れたいものである。

1月21日(金)
銀座・伊東屋さんの鑛物標本
 雪の北陸出張から帰宅した。館長の住まいする所では滅多にない雪の量であるが、地元の方に聞くと、そう大した雪ではないとの事。北陸の営業担当からは、くれぐれも足元に注意するように言われたが、いつも通りの革靴で行った。
靴底がよく滑り確かに危ない。来月も北陸出張の予定だが気をつけよう。

 さて、帰宅すると先日オークションで落札したブック型標本が到着していた。
今回の標本は東京銀座の伊東屋さんの標本だ。63種の標本だが、中身を精査すると、2種ほど欠品があった。やはりブック型標本の完品はデッドストック以外なかなか難しい。
 恐らく昭和10年代の標本で、長島乙吉先生が関係されたもののようだ。
因みに銀座伊東屋さんは明治37年(日本鑛物誌初版発行年)創業の老舗文具商で、現在も銀座で盛業中だ。
昔は、標本商だけでなく、伊東屋さんのような文具商もブック型標本の重要な流通チャネルであったのだ。
さぁ、明後日はいよいよ益富地学会館の交流会だ。準備を急がねば・・・。

1月16日(日)
超久々の鉱物同志会例会へ
 我が家の用事で家族共々急遽上京することとなった。
午前中で用事は終り、うまい具合に午後から鉱物同志会の例会に出席することが出来た。鉱物同志会の例会に参加するのは久しぶりだ。
単身赴任の時以来だから4年ぶりくらいだ。しかも今回は恒例のバザーである。
 場所は四ツ谷の上智大学。会場の教室に入ると、予想通り、人で溢れかえっていた。後で聞いたら何と100人もの参加があったそうだ。
 会場は例会会場とバザー会場の二部屋に分かれており、受付を済ませた後、標本の下見の為にバザー会場に入る。ここもまた人が一杯・・・。
 標本の事前チェックを行いながら、関東の同好諸氏に挨拶を行う。
先ずは堀秀道会長にご挨拶。それからTsさん、Kaさん、Niさん、K2さん、Waさん、Miさん、Daさんに新年のご挨拶を行う。 そこで、Tsさんから予期せぬ「お年玉」を頂いた。何と
福岡県吉原鉱山の安四面銅鉱と有名標本の福島県八茎鉱山のヘイロフスキー鉱である。やはり四面銅鉱の重厚感はたまらないな。ヘイロフスキー鉱も素晴しい標本であった。Tsさんのご厚意に感謝、感謝。有難うございます。
 定刻の13時30分になり、例会が始まった。先ず堀会長が挨拶をされた後、昨年行われた採集会(新潟県三川鉱山)の例会報告があった。館長も行きたかったな・・・。
 例会報告が終り、いよいよバザーの開始だ。バザーは鉱物標本が100円〜300円位の超お買い得価格で手に入るが、その他にオークション標本もある。
 今回は14点の標本がオークションに出たが、例の都茂鉱が出ていた。
館長も入札したが、このオークションは二番籤が落札する仕組みなので運も必要だ。
 因みに館長は今まで一度も落札できたことが無い。抽選やビンゴ、宝くじなど運の要素があるものにはトコトン弱い。 
 バザーは参加者を4グループに分けて、そのグループ毎の順番をグループ代表者によるジャンケンで決める。最初の2巡は一人一点ずつ好きなものを購入。その後はフリーという手順だ。館長のグループは残念ながら三順目。
しかし、「残り福」で目をつけていた
金鶏鉱山のセリウムフローレンス石をなんと200円でゲット。
もう一巡で
埼玉県入間川の菱鉄鉱を買った。フリータイムでは荒川鉱山の緑水晶など数点を購入。 オークションの方はやはり落札出来なかった。もう何連敗やろ・・・。そうこうする内に、先に関西へ向ったヨメからメールが来た。
雪で新幹線が遅れているから早く帰った方が良い、との事だった。「こりゃ、マズイ!」ということで早目に切り上げ、会場を後にして東京駅へ向う。浜松〜新大阪間の積雪で約80分遅れでようやく新大阪着。とにかく疲れた・・・でも楽しかった。

1月15日(土)
化石寺
 所用で泉南(大阪府最南部で和歌山の手前)まで行ったので、ついでにすぐ近くの宝樹寺というお寺に行った。
 お寺・・・といっても参拝目的ではない。宝樹寺は旧象化石のコレクションで有名で関西では「化石寺」という名で知られる。石が趣味であった先代住職が収集された「友が島」周辺で引き揚げられたナウマン象や鹿の化石が多数展示されている。館長は随分昔から「化石寺」のことは知っていたが、なかなか泉南まで来る機会が無く、今回ようやく実現の運びとなった。

 当日しかも直前のアポイントなので、「ちょっと無理かな?」と思いながら、近くの駅から電話をして見学の確認を行った所、運良くOKの返事が頂けた。
 展示室に案内頂くと、そこには多くのナウマン象化石を始めとする様々な化石や水石、鉱物などが所狭しと並べられていた。(写真下)
 これらの化石は友が島付近で底引き網漁をやっていた当時(今から40年以上前。今は底引き網漁はやっていない)のものだそうである。
 しかし館長の関心は象の化石だけではない。
それは「
和泉壺石」だ。これは近くの深日(ふけ)という場所で以前産出したもので、「壺石」や「鳴石」と言われる高師小僧の親戚である。大昔禹余粮(うよりょう).と呼ばれたものに相当する。
 この「和泉壺石」という名前は先代住職が名付けられたそうで、石マニアにお馴染みの生駒や土岐などの壺石に比べて、表面がたいへん滑らかである。
かなり大きなものも産出したそうだが、現在では残念ながら絶産との事。中には多層構造を示す珍しい壺石もあった。
尚、宝樹寺の展示室を見学する為には事前の予約が必ず必要だ。

1月10日(月・
2011年度 初採集
 一昨日の新年会の席上、千里丘陵でオーソコーツァイト(正珪岩)がまだ採れる!との(館長にとって)驚愕の情報を頂いた。それで居ても立ってもいられなくなり新春第一号の採集となった。思い起こせば、昨年の新春第一号採集はやはり千里丘陵であった。定例化しそうやなぁ・・・。
 雪がちらつく中、教えて頂いた場所に着くと小規模ではあるが千里丘陵では殆ど見られなくなった礫層があった。すぐ前はバス道路でクルマの通行も多い。
しかも人通りも結構あり、周囲の目が気になるがとにかく礫層の表面を注意深く観察する。

 最初はなかなか慣れないので、チャートなどの岩石の礫しか見えない。その内、目が慣れてくると綺麗な紫色系のオーソコーツァイトがいくつか見つかった。内部に細かい電気石が多数認められる。
 また、引き揚げる直前に透明感のある黄色系の「メノウ」も見つかった。
昨年の水晶発見のようなサプライズは無かったが、露頭が健在であることが判り、これだけでも十分な成果である。
願わくば、このままこの露頭がいつまでも健在であって欲しい。

1月8日(土)
始動 2011
 2011年の鉱物趣味は本日始動。まずは京都の大江理工社さんへ。
今日は大江さんの新着標本のお披露目があるのだ。

 昼過ぎに双ケ岡そばの大江さんに到着。上級マニア向けの標本がモノ凄い数、並んでいた。今日はこれから益富地学会館へ行かねばならない為、サッとチェック。もう少しジックリと見たかったが、後ろ髪をひかれる想いで同社を後にした。

 益富地学会館へ着くと、既に数人の運営委員が来られていた。
石友のMtさんから大阪府と館長の地元の珍しい産地の標本を頂戴した。感謝、感謝。それにしてもこのような珍しい産地を見つけるMtさんは本当にスゴい。
 三階展示室はテーマ展示の展示替えがあり、「京都・西山の石」と「大型新着標本」を展示。特に大型新着標本の田上山の煙水晶はデカい!一見の価値有りだ。
 運営委員会終了後は恒例の益富地学会館の委員の新年会に出席。
昨年同様、三条のお店で多数の委員が集まり歓談した。館長のテーブルには奈良鉱物研究会でもお世話になっているThさんとWyさんが居られ、石談に華が咲いた。
 新年会の後、有志が二次会に向う。館長は昨年は所用の為パスしたが今年は参加。普通は二次会と云えば、雰囲気を変えて飲みなおし・・・なのだが、ここでは違う。なんと「パフェ」の二次会だ。あるテレビ番組でも紹介された「ジャンボパフェ」を皆で食する。とにかくデカイ。高さは優に40pはあるだろう。一番上にちょっと小ぶりなメロンが一個、ほぼ丸ごと乗っかっている。これを17名で食したが、女性は3名だけで、あとは全員男性で、しかも殆どがオッチャンだ。
店内は若い女性ばかり・・・。石の話をしながら嬉しそうに「パフェを食する」オッチャン集団・・・彼女達にどう映っただろうか。

1月1日(土・
あけましておめでとうございます!
 皆様、あけましておめでとうございます。旧年中は「鑛物趣味の博物館」をご愛顧頂き、また館長個人も多くの石友、同好の方々にたいへんお世話になりました。厚く御礼申し上げます。

 さて、館長は今年満59歳になります。来年は何と還暦なのです。自分でも信じられません。しかし気持ちの上ではまだ「石に目をキラキラ輝かせる」10歳の少年のままです。鉱物に対する愛着、情熱は些かも衰えてはおりません。

 今年も鉱物にドップリと浸かります。そして、その感動をこの日記を通して全国の同好、同志の皆様方に伝えて参りたいと思います。
勿論、仕事も頑張ります。生活の糧であり基盤ですから・・・。

 最後になりましたが、石友の皆様、石を愛する同好・同志の皆様、「鑛物趣味の博物館」のお客様、そしてそのご家族、関係者の方々のご健康、ご多幸、そして石を愛する皆様の「石運」を心からお祈り申し上げます。